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フライシュマン・ヒラード・ジャパンや戦略コミュニケーション®についてのトピックスをご紹介します。

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戦略コミュニケーションの発想から見るリーダーシップ論とは

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リーダーシップの本質は意識との戦いだ。それを発揮するには“武器”が必要だ

武蔵と小次郎、巌流島の戦い。上段の構えから木刀を振り下ろす武蔵、それを八相の構えで長刀で迎え撃つ小次郎。

これが自分がリーダーシップ研修をする際の表紙の図柄である。
グローバル化が急速に“侵攻”する中でリーダーシップを求める声がビジネスの世界で再び連呼され始めている。リーダーシップについての議論は今に始まったことではない。この20年、百家争鳴、様々なリーダー論が世の中を賑わした。しかしながら、どうも腹落ちするものが少なく、消化不良気味なものが多い、「べき論」はあるが「実践論」が弱い感が否めない。
この20年、リーダーシップ研修をトップから中堅、若手まで様々な業界で幅広く実施してきた。その中で戦略コミュニケーション®の発想から見たリーダーシップ論はかなりイケると実感している。
武蔵と小次郎の対決をリーダーシップ研修の冒頭に出す意図は、リーダーシップの本質は意識との戦いだ。それを発揮するには“武器”が必要だ。敵をしっかりと倒す手法が不可欠だ。その武器を磨く日々の修練が大事だという視座を知ってもらうためである。
更には、リーダーシップの武器論というよりも“武器”そのものをどう作っていくかに議論のフォーカスを当てることを狙いとしている。

リーダーには人の意識を変え、それを動かす力学が必要だ

そもそもリーダーシップとは何かと聞くと、ビジョン・志・思いなどを持っているという要素説。人間的魅力、尊敬される、公正・公平に思われるなどの性善説。導く、引っ張るなどの君子説などが多く出てくる。試しに、トランプ米国大統領はリーダーかと尋ねると「リーダーではない煽動者」という答えが案外に多い。煽動者と先導者をはっきりと分ける思考である。Leadership vs Dictatorshipである。
リーダーか煽動者かどうか、その定義論はともかくとして、実践的なリーダーシップ論を展開するのであれば、リーダーの使命は「事を起こす」ことであると認識した方が有効である。その起こした事をどう評価するかは別次元の話である。
人の世である限り、自分以外の人間を動かさない限り何事も起こらないのが世の常である。リーダーシップとは人を動かしてナンボの世界なのである。
人を動かす際に立ちはだかる最大の敵は相手の意識である。人の意識の壁を粉砕する武器がコミュニケーションである。
人を動かす方法は他にもある。相手に有無を言わせず動かす“武力”。人間の物欲に訴える財力も然り。法的、組織的なルールなどを決め事として強制する権力は日常的に行使されている。しかしながら、これらの力はそれを行使する際に“反作用”を生み出すという難がある。武力を使えばやり返される。財力は金の切れ目が縁の切れ目。権力は不満や嫉みを買う。この反作用が厄介なのである。
コミュニケーションの力は基本相手の意識に働きかけ納得・共感を得て動いてもらう。よって反作用が少なく、コストパフォーマンスが高い。有史以来、人間が人を動かすために最も使ってきた力なのである。

戦略コミュニケーション®という発想をもつ。人を動かす最強の武器になる

コミュニケーションを理解し合う、意思疎通をはかる、思いを伝える、相手の思いをわかるなど事象面での認識は意味がない。
「人を動かす力」であると意識することが肝要である。1人では生きていけないのが社会動物“人間”の性である。自分以外の人間に動いてもらわないと生きていけない。コミュニケーションとは神様が人に与えた生き抜くための力である。
日頃から空気のような存在であるため、コミュニケーションを力学として意識する事に慣れていない。折角与えられた力を十二分に発揮できないのである。これは非常にもったいない話である。コミュニケーションを力だと意識するだけでリーダーにとって最強の武器を手に入れることができる。
戦略コミュニケーション®とは造語である。戦略とコミュニケーションは表裏一体であるとする発想である。どんなに戦略が良くても、それを実現するために様々なステークホルダーが動いてくれないと実現しない。人を動かすコミュニケーション戦略がなければどんなに立派な戦略も絵に描いた餅である。コミュニケーション無くして戦略無しである。戦略もコミュニケーションもコインの裏表である。これからの戦略づくりは戦略ができてから、コミュニケーションをするのでは変化のスピードに遅れる。動かすステークホルダーの視点を予め抑えながらコミュニケーションの視座から戦略を作り込む時代へと大きく変わる。
個人の世界も同じである。自分の思いや夢を実現させ、人生を生き抜くために自分のコミュニケーション力学を磨きあげることが不可欠である。
戦略のコミュニケーションを持つ。企業も個人も人を動かす最強の武器を手にすることが求められてきている。

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戦略コミュニケーションの奥義、“自分との対話を制する”(後編)

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夏目漱石の「草枕」の冒頭の文章が示唆に富む
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
智に働く、情に棹さす、意地を通す、すべて自分である。ここを抑えれば、とかくに人の世は住み易くなるのである。

リーダーは“儀式”で心の呪縛を粉砕する
人間は思い込みの動物である。思い込みがないと人生生きていけない。重要なのは“適切な”思い込みを持つことである。
仏教では思い込みを妄想×煩悩と言う。何を妄想×煩悩するかによって心の呪縛が生まれることを説く。よって妄想や煩悩をコントロールすることで心の呪縛を解くことができる道理である。自分との対話力を培い妄想×煩悩を飼いならすことが仏教の考え方である。ただ、妄想×煩悩とは猛獣のようなもので、下手するとこちらが喰われてしまう。如何に飼いならすかは至難の技と考えた方が良い。
甘く見ないことである。多くのリーダー達が自分の中にある“猛獣”を躾けるため必死に創意工夫を凝らし“自分との対話”を実践している。いわゆる“儀式”を持っている。自分との対話の“ルーティーン”である。
その内容は様々である。ジョギングをする、ジムで筋トレをやる、夜中に密かにヨガに入る、早朝にお経を唱える、茶道を嗜むなど多様である。ある70代半ばのビジネスリーダーに言われたことがある。50代では1日1時間、60代では2時間、70代では3時間、自分との対話の儀式に時間を使へと。本人は早朝5時に起床、10キロ近く走り、そのあと呼吸法を実践している。車の運転もそのルーティーンの1つでトータル1日3時間はこなしている。
成功体験の年輪を重ねると傲慢になってくるのは人の性のようだ。自分との対話を通じて、この傲慢さと向き合い自らを律することが成功を重ねるとリーダーにはますます必要になってくる。
石川島播磨重工や東芝を再生させ、政界、財界にも睨みを効かせた土光敏夫元経団連会長などは“メザシの土光さん”と愛称がつくほど生活が質素であっただけでなく、毎朝4時に起床、長時間お経を唱えることを日課としていた。これなどは、まさに自分と向き合うためのルーティーンである。

元寇の乱で元軍に勝利した北条時宗が師と仰いだ無学祖元という禅僧が時宗に禅を説いた。
「坐禅堂で型の如く坐禅をするだけが坐禅ではない。いつ、どこでも、自己の身体と口と意(こころ)を整頓することが坐禅である。」
そして、5か条の自己整頓の心得を伝える。
① 外の物ごとに心を奪われず、泰然として自己の信ずる道を守って動くな。
② 外の物ごと貪着(むさぼりこだわる)するな。一方に貪着すると、必ず他の一方の注意を欠く。油断や恐怖はこんなときに起こる。
③ 自己の才知を頼んで、あれこれ策を樹てるな。常時も非常時も平然として、その心を一にしておれば、どんな異変に遭遇しても、霊妙なる作略が生まれるものだ。
④ 心の見る物量を拡大せよ。心の視界が狭小だと、胆量もまた自然に小量になるから、心で思うことを拡大せよ。
⑤ 勇気を持て。勇猛の心意気はよく白刃をも踏む。反対に柔懦(いくじのない)の身体では、窓の隙間風にも耐えられまい。故に常に心身を鍛えよ。
日々の自分との対話のガイドラインとして多くの示唆を与えてくれる。

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戦略コミュニケーションの奥義、“自分との対話を制する”(前編)

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自分との対話に勝って自分を動かす
コミュニケーションは人を動かす力である。
ところが、最も動かすことが難しい相手は自分である。
自分ほど思い通りにならないものはない。
人生、日々自分との葛藤とも言える。この葛藤をどう乗り切るか、自分との対話をどう制するかが、実はコミュニケーション力を飛躍させる鍵を握る。
コミュニケーションと言うと相手との対話を先に思い浮かべるが、先ずは自分との対話である。結果、自分を動かす、相手も動く。これが戦略コミュニケーションの基本発想である。
自分との対話が十分できていない人は自分も動かせなければ相手も動かすことができない。
日頃から“自問自答”の癖を身につけ自分との対話力を鍛えることがコミュニケーションのチカラを次のレベルに飛躍させる。

自分の思い込みが「相手を知る」ことを拒む
コミュニケーションはすべて“相手を知る”ところから始まる。相手を知らないと間違ったメッセージを伝えてしまう。逆に相手を十分知っていれば的確なメッセージを打ち込むことができ、相手との対話をリードできる。ところが、厄介なことに、相手を知る上で最大の敵が“自分の思い込み”なのである。
“相手を知る”とは、相手の“受け皿”を知ることである。こちらが話したことがどのように受け取られるかは相手の受け皿次第である。
こちらが発信したと思っているメッセージはメッセージではない。単なる情報発信である。その情報が相手の受け皿に届いた瞬間にメッセージになる。相手の受け皿次第で伝わるメッセージが変わる。
Aと言ってもBやCなどと伝わってしまう。受け皿を把握していないと相手に何が伝わるかわからない。結果、間違ったメッセージが伝わり、想定外の相手の反応を招き、対話の主導権を奪われる。
そこで相手の受け皿とは何かと考えると、相手の物事への認識とそこから生まれる感情の起伏である。ここを先ずおさえないと相手に何を発信していいのかわからない。
ところが、逆に自分の物事への思い込みとそこから生まれる感情の起伏が相手を知ることを邪魔する。相手を“素直に”受け入れられない。相手の言っていることを勝手に解釈する。嫌いなタイプの人は色眼鏡で見る。また逆に好きなタイプだと過剰評価する。怒りで興奮している時は相手の言うことがいちいち突っかかってくる。突き詰めると実はその原因は自分にあることが多い。
自分との対話とは、先ず、この凝り固まった“自分”を一旦、「無」にする作業とも言える。相手の受け皿を受け入れる度量を自分の中に仕掛けることである。自分の思い込みや感情に呪縛されない力を身につけることである。まさに自分との日々の対話がこの度量と力を育てる。

心の動きが自分の働きを呪縛する
日常は自問自答の日々である。一念発起、早朝5時に起床と決めても実際に目覚ましが鳴ると起きるか起きないかの葛藤が始まる。「あと30分、いや1時間寝よう。いやいや、ここは起きなければ」あたかも自分の中にもう一人の自分がいて、起きるか起きないかの自問自答を展開する。
自分の心ほど自由にならないものはない。厄介なのは心の自由気ままな動きが自分の働きを呪縛する。落ち込んでいると仕事で本来持っている力の発揮が削がれる。動揺しているとプレゼンテーションが上手くいかない。怒りや嫌悪感が商談や交渉をダメにする。意地を張ると人間関係を悪くする。

心の呪縛とは、
① 心が奪われる。
② 心が執着する。
③ 心が動揺する。
④ 心が狭くなる。
⑤ 心が萎える。
である。
心の呪縛から自分の“働き”を守るには自分との対話力を鍛えるしかない。
言い方を変えると、自分の心の動きをコントロールすることである。ところが自分のものであっても自由にならないのが心である。目の前の事象によって心は一喜一憂、絶えず揺れ動く。憂いたり、怒ったり、悲しんだり、喜んだり、驚いたり、その定るところを知らない。この心の呪縛が相手を知ることを妨げるだけでなく、こちらの“働き”にも影響し、相手との柔軟な対話を損なう。

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田中愼一が登壇したパネルディスカッション「世界で活躍するリーダーになるための危機管理術」のビデオが公開されました

7月2日~3日にかけて浜松で開催されたあすか会議の第6部分科会「世界で活躍するリーダーになるための危機管理術」に田中愼一がパネリストとして参加しました。
世界のボーダレス化が加速し、グローバルを舞台にしたビジネス展開はもはや当たり前になった現在、リーダー・企業に必要不可欠なものとは何か。是非ご覧ください。

モデレーター
安渕 聖司 日本GE合同会社 代表職務執行者社長 兼 CEO

島田 久仁彦 株式会社KS International Strategies 代表取締役社長
田村 耕太郎 ミルケンインスティテュート シニアフェロー
田中 愼一 フライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社 代表取締役社長

世界で活躍するリーダーになるための危機管理術

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無党派層が動く、小池陣営有利な事態に(後編)

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後半戦に入って小池陣営には2つの懸念事項があった。
1つは無党派層が小池支持に動くかどうか。党組織のサポートは無い。組織戦では勝てない。この弱点を無党派層の支持を取り付け封じ込めるしかない。
幸いに舛添問題の過熱報道によって既に都知事選に関する世間的な関心はかなり高い。選挙期間中もそれを引きずる。更には桜井パパへの注目、小池百合子の立候補、自民党分裂の状況、小池・増田・鳥越の三つ巴の形勢など世間の関心を引く素材に事欠かない。
結果、無党派層が動く。投票率も上がる。小池陣営有利な事態になる。

最大の懸念、野党候補は誰?

ところが小池陣営が勝つ上でもう1つ懸念項目あった。
前半戦で築いた「初の女性都知事」vs「自民・自民党都連」の選択の構図を後半戦も維持できるかどうか。
自民党都連が既に「悪役」としてレッテルを貼られている中ではこの構図は小池候補にとって優位な立ち位置を担保してくれる。無党派層は既に動いている。知名度低く組織戦依存の増田候補は怖くはない。
この段階での最大の不確定要素は後半戦に入っても野党側の候補の顔が見えないことである。この意味では野党の究極の後出しジャンケンは功を奏している。
選挙後半戦は空中戦が死命する状況にある。増田陣営は元タレント議員を動員、認知度アップを謀るが知名度の差はどうしようもない。
ところが、仮にここで空中戦に強い知名度のある野党候補が出ると状況は一変する。せっかく築いた選択の構図を壊されかねない。

小池百合子に女神が微笑む。致命的に“ズレ”た野党候補

最後の最後で野党側はジャーナリスト鳥越俊太郎を候補として打ち出してきた。
知名度ということでは小池百合子に引けを取らない。出身もジャーナリストで小池候補と同類である。

この段階での鳥越候補のマイナス要素を敢えて挙げれば
① 前半・後半戦を通じて「後出しジャンケン」に対する批判報道がかなりなされていた。
② 鳥越候補の76歳という歳の問題である。2020年のオリンピック・パラリンピックでは80歳の大台に乗る。大丈夫かという印象を与える。
③ 鳥越候補に一本化する過程で野党側がかなりごたついた印象を残す。

しかしながら、この段階では小池vs鳥越は互角と言っていい。
鳥越陣営の最大の失敗は鳥越候補の最初の「一声」にある。その内容は致命的に“ズレ”ていた。
立候補する理由を聞かれ、開口一番「参院選で自民党が勝ったから」「このままでは日本は危ない」など連呼、掲げた政策も「安保法制反対」「脱原発」「非核」といった内容で参院選の延長線上での「発信」である。
都民感覚からすれば“ズレ”ている。正に「江戸の敵を長崎で討つ」である。しかも「脱原発」は都知事選ではメッセージとして“効かない”ことは既に前回の都知事選で細川護煕候補が実証済み。
その後、鳥越候補のメッセージ発信は“都政”よりに修正されるがもう遅い。選挙では「終わりよければ全て良し」ではない。「始めコケれば全て無し」が鉄則である。
選挙の要諦は有権者に候補者にとって有利な争点を早く思い込ませることである、アジェンダ設定をすることである。第一声は選挙コミュニケーションにおける戦略上の要である。

石原慎太郎元都知事の発言を応援歌にする小池流発信の“強かさ”

一方、後半戦では小池候補の発信の“強かさ”が目立った。先ずは全体的に「失言」が少ない。
唯一の失言は鳥越候補に対する「病み上がり」発言。また戦略コミュニケーションの技術論から見ると“ブリッジング”が身についている。
ブリッジング(bridging)とは相手の質問を利用してこちらのメッセージを発信する技である。人は質問を受けるとそれに答えようとして、知らぬ間に相手の術中にはまりボロボロにされる。
ブリッジングとは“つなぐ”という意味。質問を受けたら、答える前に自分のメッセージに“つなぐ”、そして答える。質問に答える前にワンステップ置く。そこで自分のメッセージを確認する。このワンステップを意識するだけで発信力は飛躍的に高まる。
もともとは質問を武器に相手から話を聞き出そうとするジャーナリストに対抗する上で考えられた手法である。
この手法は頭で分かっていてもなかなかできない。実践の中で培うしかない技である。小池候補の場合、ブリッジングがある程度身についており、他の候補やキャスター、記者などからの質問にあまり惑わされない。
相手の発言を利用する面でも強かな片鱗を見せる。石原元都知事が自民党都連に応援に駆けつけ「大年増の厚化粧」と小池百合子を揶揄する。小池候補はこの石原発言を街頭演説でのネタにする。
批判するのではなく、ユーモアを持って「厚化粧です」と認めた上で、透かさず男性上位の自民党都連の体質を攻める。「いつの間にか男同士の密室で会議が行われて、結論が出されて、日本が正しい方向に行っていたでしょうか?おっさんの論理でこれからも日本が突き進むのでありますか?日本はおっさんの論理でずっとやっていけば、必ず他の国にもどんどん追い越される」と。

小池百合子流「勝利の方程式」、”エアーポケット”を見つけよ!

下降気流のため飛行機が急に下降する空域をエアーポケットという。
選挙にもエアーポケットがある。そこに上手くはまると逆に上昇気流にのることができる。ところが、選挙のエアーポケット現象はいつも出現するとは限らない。幾つかの条件を満たすことが必要である。

経験上、最低でも4つの要素が整うことが重要である。
① 先ずは有権者から見て二者択一の互角の選択構図が出来ているかどうか。今回の都知事選の場合は、民進、共産を中心とした野党共闘が実現、一様に与党(自民党・公明)vs野党(民進・共産)の二者択一の構図が出来る。どちらかの選択肢しかないと一旦有権者は思い込む。
② そこで次に重要なのは、そのどちらの選択枝も“パッとしない”ことである。増田候補は自民党都連の全面サポートのもと今までの都政の延長線上と見られる。都政の革新には程遠い。鳥越候補は都政を国政の延長線上で考える姿勢に多くの人が違和感を持つ。都政の革新どころか混迷かと疑われる。選ぶ方からは“どっちもどっち”という状況である。
③ 後はそこに強烈な個性と発信力を持った第三の候補の出現である。小池候補がまさにこのポストを仕留める。自民党とは程よい距離感を保ちながら独立自尊、弁が立ち大臣経験者、さらにはメルケル、クリントン、メイなど女性政治家が世界を賑わせている中で、日本でも女性都知事かという雰囲気の中で、従来の延長線上にない第三の候補者として浮かび上がってくる。
④ 最後に、前提条件ともいえるが、空中戦が選挙の死命を制する状況にあること。空中戦無くしてエアーポケット現象は起こらない。二者択一の選択肢に辟易しているところに第三の道があるという思い込みを有権者の中に早く広く生じさせる戦略兵器はテレビなどのマスコミやネットによる空中戦である。
ここでは組織戦は無力である。この意味で「先出しジャンケン」で選挙前半において空中戦を主戦場に設定した小池陣営の動きは当たっていた。もともと「後出しジャンケン」も同じメカニズムで有権者が辟易したところに新たな第三の候補者を最後に出す方式であるが、その際に重要なのは候補者の選定である。しっかりとこのエアーポケット現象で浮揚できる素質を持った候補者を選ぶことである。

今回の都知事選は小池百合子候補者が戦略的か偶然かはわからないが、結果としてこのエアーポケットに上手く“どんぴしゃり”と便乗出来たことでが大きな勝因である。

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都知事選、小池百合子流「勝ちの方程式」(前編)

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小池、増田、鳥越と三つ巴の都知事選は小池候補圧勝で決まった。
小池陣営の戦略や意図がどのようなものであったのかはわからないが、戦略コミュニケーションの発想から見ると、そこには勝つべくして勝った構造が見えてくる。

舛添問題で都民が見た都政の風景とは

舛添知事辞任に至るまでの一連の流れは危機管理コミュニケーションの視座からも興味深い。
記者会見をやる毎に炎上する。1回目のクライシス会見で墓穴を掘り炎上することはよくある。普通は学習効果によって2回目以降やり方を正す。しかしながら、6回行われた舛添会見の場合は回を重ねる毎に炎上する。所謂「墓穴を掘りまくる」。
最後の最後まで往生際が悪い。有事には有事のコミュニケーションの原理原則がある。舛添流有事対応は全くそれに逆行する。
更に事態は知事の問題だけにとどまらない。共産党を始めとする野党都議による舛添下ろしが盛り上がる中で与党側の動きが鈍い。これが結果として舛添知事と与党都議は一蓮托生という印象を都民に与える。
加えて、同じ時期に東京オリンピック開催に伴う費用が予算を大幅に上回る事態が連日報道される。その中で野党も含む都議団がリオ・オリンピックへ豪華な視察団を派遣することが露呈する。都民の関心は舛添知事の金の問題にとどまらず、都議会も巻き込む都政全体への不信へと広がる。
今回の都知事選は、「都政への不信」という風景の中で、都民に対してどのような選択の構図を見せられるか、そこで最も映える候補を立てられるかを探る戦いである。

与党側動く。行政のプロを模索、「政治家」vs「行政のプロ」の選択の構図を狙う

先ず動いたのは自民・公明の与党である。前回都知事選で舛添支持をしただけにその動きは速かった。「都政への不信」=「今までの延長線上の候補ではダメ」という都民感情を捉え、政治家ではない行政のプロの候補擁立に舵を切る。
そこで目をつけたのがジャニーズ嵐の桜井翔の父親である桜井総務省事務次官。地方自治体を管掌する総務省の行政プロナンバーワンである。若手世代へのアピールや桜井翔の知名度を利用した空中戦の展開なども可能だ。
野党側の候補に政治家の名前がいろいろと音沙汰されるのを横目に「政治家」VS「行政のプロ」という構図の作り込みに走る。この段階では自公与党側は一歩リードする。ところが、ここで2つの誤算と想定外が生じる。
桜井氏が辞退する。更には、自民党の意に反して小池百合子自民党議員が立候補を打ち上げる。

小池候補「初の女性都知事」VS「自民・自民党都連」の選択の構図をつくる

選挙で勝利する基本は有権者に対する選択の構図を相手に先駆けてつくれるかどうかだ。
小池陣営は“先出しジャンケン”で与党側がつくろうと腐心する「政治家」VS「行政のプロ」の構図を崩す。
立候補する旨を早々に打ち出し、推薦を求め自民・自民党都連を追い込む。怒りで困惑する自民党都連を尻目に自民からの推薦拒否に乗じて「個人」vs「党」という構図をつくった。
この段階で都知事選挙の“建て付け”が変わる。
それまでは自民・公明vs民進・共産の「党」vs「党」の二極対立になっていた形勢に「個人」が参戦する三つ巴の形になる。その中から「個人」の土俵に立った小池候補が精彩を放ち始める。
参院選の延長線、党利党略の主戦場と化している都知事選は批判の対象になっており、それが小池陣営の追い風となる。一方、野党側の動きは混沌とし、その存在感が無い。自ずと「小池百合子」vs「自民党都連」の構図が浮き出てくる。
おまけに自民都連がますます“悪人面”になってくる。報道される自民都連の議員はほとんど「男性」。しかも石原自民都連会長、内田自民都連幹事長など「悪役」を演じる名優が揃っている。
巨大与党組織に1人毅然と立ち向かうジャンヌ・ダルク小池百合子というドラマが展開される。
外からも風が吹く。イギリスではテリーザ・メイ女性首相誕生、アメリカではヒラリー・クリントン大統領候補の連日の報道など小池候補にとってはこれも追い風になる。
更に重要なのが、与党、野党の正式候補が決まらない中、小池候補の武器である知名度を最大限活用する。マスコミ報道を囲い込み空中戦一人舞台を演じる。まさに“先出しジャンケン”の妙である。

前半戦で小池陣営は空中戦に措いてかなり優位な立ち位置を築くことに成功する。空中戦が効く無党派層が動けば小池優位という状況を作り出した。

(後編に続く)

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そもそも「コミュニケーション」の訳語はあるのか?

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福澤諭吉はコミュニケーションを「人間交際」と訳していた!

「コミュニケーション」という言葉は日頃あまり意識せず使われている。「コミュニケーションとは何か?」と聞かれると一瞬言葉に詰まる。
そこでカタカナ表記でない「コミュニケーション」の日本語訳はあるのかと調べてみた。その結果、「人間交際」という言葉が出てきた。「経済」「社会」「競争」「自由」「演説」など従来、日本にはなかった多くの概念を漢字で造語してきた福澤諭吉が「コミュニケーション」を「人間交際」と訳していた。
「経済」「社会」など福澤の名訳の殆どが2文字であるのに対して「人間交際」は4文字。それが理由でウケが悪かったのか、後世には残らなかった。これは日本にとって残念なことである。コミュニケーションという概念を日本人なりに消化吸収する機を逸した。
外来語が表意文字の漢字で翻訳されるか、表音文字のカタカナで表現されるかは、その外来語の意味を理解する上で大きな分かれ目になる。やはり日本人の思考回路は表意文字である漢字に根ざしている。カタカナだとなかなかその意味を明確にイメージできない。
コミュニケーションという言葉は日常頻繁に使われているが、漠然とした理解の領域を出ておらず、何かあるとそれはコミュニケーションの問題だと安易にまとめる。コミュニケーションの漢字訳がなかったことは日本人のコミュニケーションに対する意識を低めたということでは致命的であった。

コミュニケーション=「人間交際」、近代社会を生き抜くための武器

そこで、福澤諭吉がせっかくコミュニケーションを「人間交際」と訳してくれたので、彼がどうゆう意味を込めてこの造語を考え出したのか紐解く。
福澤諭吉がコミュニケーションを「人間交際」と訳した背景には、その概念が近代化を進める日本にとって大変重要な意味を持つと考えたからである。福澤は近代民主社会を成り立たせているのは社会を構成する人と人との関係性にあると考える。日本初のベストセラーになった福澤諭吉の「学問のすすめ」は「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という冒頭文から始まる。
先ずは人と人との関係性に注目する。この冒頭文は今でこそ違和感なく読み流してしまうが、まだ封建制を色濃く含んだ当時の日本人の意識からは青天の霹靂である。封建制は身分で人と人との関係性を世襲にする。生まれた身分によって周りとの関係性が固定化される。正に「人の上に人を造り、人の下に人を造る」社会であった。「身分」とは「職業」と言い換えても良い。封建制では職業を選択できない。しかも、移動の自由がなく、現代から見ると1人の人間が一生に出会う相手の数は極端に限られていた。
ところが、幕末から明治へと時代が変わる中で身分制は消滅、移動の自由とともに職業選択の自由が訪れる。
1人の人間が一生に出会う相手の数が飛躍的に増える。出会う数だけではない、出会いの質も多様になる。選んだ職業によっては全く異なる価値観、考え方、素性を持った相手と仕事をせざるを得ない状況になる。そうなると、封建制では周りとの関係性が与えられていたのが、今度は自らの責任で職業を選び、その中で相手との関係性を造ることが求められるようになってきた。これはある意味で多くの人々にとっては苦痛なことであった。
新たな職業に着くには知識やスキルを習得する必要に迫られる。また知識やスキルがあっても、氏素性の全く異なる相手と上手くやっていかなければならない。相手からの信頼を得ながら、いかに自らの立ち位置を築くかに腐心することを強いられる。
見方を変えるとこれは職業選択の自由を得るための代償であり、近代社会において個人が受け入れなくてはならないコード(code:行動規範)とも言える。福澤諭吉は近代社会を成り立たせている基本は“個人”であると達観する。個人が自由に様々な職業につき、そこでスキルや知識を培い、“関係する相手”とつながりを持ち、しっかりとその立ち位置をつくる。これが”独立自尊の精神”の気風を醸成し近代社会の礎となる。
更にここでいう“関係する相手”とは家族であり、利害関係者(ステークホルダー)であり、社会(世論)である。近代を生き抜くためには個人は実学(スキル、技術、知識)と「人間交際」という武器を手に自らの人生を切り開く。これが福澤のメッセージである。

「学問のすすめ」は立ち位置の力学を説いた日本初のHow to本

福澤諭吉の代表作「学問のすすめ」は、このような状況の中で生まれる。その骨子は趣味的教養だけを高める従来の学問を否定、実際に世の中に役立つ「実学」を会得、そして「人間交際」をテコに個人の立ち位置をつくることである。
福澤の真骨頂は独立自尊の気風を持って個人がしっかりとした立ち位置で社会や国家と向き合う。これが近代社会を成り立たせているメカニズムと看破する。
この本は当時としては飛ぶように売れ、日本最初のベストセラーとなる。いかに多くの人々が自分の立ち位置をつくることに腐心、悩んでいたかが分かる。「学問のすすめ」はまさに立ち位置の力学を説いた書である。
「人間交際」=「コミュニケーション」は近代社会で独立自尊を実現する武器である。
福澤諭吉が創設した慶應義塾のシンボルマークは2つのペンが交差したデザインである。「ペンには剣に勝る力あり」を象徴するマークである。それはあたかも剣ではなく「人間交際」というコミュニケーションを武器に個々人がその立ち位置をつくる。それ通じて日本の近代を創り上げていくという意気込みを示しているように思える。
「学問のすすめ」は古典にもかかわらず、多くの人がその注釈書を書いている。やはり、そこには長い年月を生き延びてきた古典特有の強かさがある。違った角度で読み返すとそこから新たな発想が生まれ出てくる強かさである。
今一度、手にとってコミュニケーションの視点から「学問のすすめ」を一読するのも「コミュニケーション」の輪郭をよりクリアにする事始めになる。

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FH Brand Journalism Center(ブランドジャーナリズムセンター)を開設

2016年5月23日(月)より「FH Brand Journalism Center」の事業展開を開始します。

世界を取り巻くメディア環境が急速にデジタル化し、情報量が飛躍的に増加する中、消費者にブランドやメッセージを届ける事が難しい時代になりました。このような環境の中で、消費者との密な関係を創るためには企業からのセールス的な発想だけでは無く、消費者が「自分事化」できる、コンテンツやストーリーの提供が欠かせません。

本事業は、企業のオウンドメディアが中立的でジャーナリズム的な観点から情報の提供を行い、企業と消費者の相互コミュニケーションを深める為に、コンテンツマーケティングにおける戦略、コンテンツ、プロダクション、テクノロジー、アナリティクスのプロフェッショナルを東京オフィスに集めた専門のスタジオを設立し、日本市場のみならず海外市場で事業展開を行う企業に提供するものです。

また、センターではリアルタイムのソーシャルにおける情報提供のニュース・ルーム機能、危機管理サービスをデジタル上で行うクライシス・マネジメントの機能も同時にスタートします。

フライシュマン・ヒラード・ジャパンでは、FH Brand Journalism Centerの総合プロデューサーとしてデジタルマーケティングのエキスパートである馬渕邦美を、編集長としてデジタルジャーナリズムの第一人者である安倍宏行を招聘し、自社内に専用のスタジオからワンストップでサービス提供します。

フライシュマン・ヒラード社長兼CEOのジョン・サンダース(John Saunders)は以下のようにコメントしています。「世界の企業、マーケティング業界において上質なコンテンツの提供の重要さが増しているのは言うまでもない事実だ。今回の日本でのチャレンジは、フライシュマン・ヒラード・グループがグローバルで経験したノウハウを集約したサービスを、世界に先駆けて提供するものであり、この成功を確信している。」

馬渕邦美は「日本においても、企業が自ら創りだすコンテンツマーケティングの重要性とデジタル上でのクライシス・マネジメントの重要性は飛躍的に増加している。ブランドジャーナリズムは日本のコミュニケーション業界の中で先進的な取り組みであり、素晴らしいプロフェッショナルとこれを立ち上げる事に喜びを感じている」と述べています。

安倍宏行は「ジャーナリストが企業のコンテンツマーケティングに参画する事は、米国では日常的に行われている時代となった。日本のブランドジャーナリズムの先駆者として、生活者に価値あるコンテンツを提供して行くことは素晴らしいチャレンジだ。」と語っています。

Fleishman

フライシュマン・ヒラード社長兼CEOジョン・サンダース(中央)、

馬渕邦美(左)、安倍宏行(右)

 

サービスロゴ

logo

 

スタジオイメージ

studio

 

ウェブサイトURL: http://fhbrandjournalismcenter.jp

 

馬渕邦美(まぶち くによし) 略歴

京都市出身

1998年 ディーオーイー設立

2009年 Tribal DDB Tokyo ジェネラル・マネージャー

2012年    オグルヴィ・ワン ジャパン代表取締役 / ネオアットオグルヴィ代表取締役

2016年より現職

書籍:『データ・サイエンティストに学ぶ「分析力」ビッグデータからビジネス・チャンスをつかむ』監修 日経BP社 (原題:Sexy Little Numbers

 

安倍宏行(あべ ひろゆき) 略歴

東京都出身

1979年 日産自動車入社 海外輸出、海外事業企画

1992年   フジテレビ入社 報道局 政治経済部記者

1996年   ニューヨーク支局 特派員・支局長

2002年   「ニュースジャパン」キャスター

2003年 経済部長

2005年 慶応義塾大学メディアコミュニケーション研究所非常勤講師

2009年 BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスター

2013年 フジテレビ退社 株式会社安倍宏行設立 オンラインメディア”Japan In-depth”創刊

書籍:「絶望のテレビ報道」PHP研究所

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マサイ族に学ぶ「Nomadic Business Seminar」に田中慎一が登壇します。

10月27日に世界のビジネススクールやグローバルカンパニーが採用する「Nomadic Business Seminar」のセミナーが開催され、マサイ族のリーダー エマニュエル・マンクラ氏の講演に加え、マンクラ氏と前Google ラーニング&ディベロプメント・ヘッドのピョートル・フェーリクス・グジバチ氏と田中慎一がパネルディスカッションを行います。企業のトップマネジメント/エグゼクティブリーダー、人材開発、組織開発部門の責任者、部門責任者の皆様を対象としています。是非ご参加下さい。

【Nomadic Business Seminar】 これからのグローバルビジネスのあり方 ~New Approach to Global Business~

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「イノベーターシップ養成プログラム」を多摩大学大学院と編集工学研究所と開講します。

9月より、フライシュマン・ヒラード・ジャパンは、多摩大学大学院と編集工学研究所とのコラボレーション企画として、「イノベーターシップ養成プログラム」を開催いたします。

フライシュマン・ヒラード・ジャパンから、徳岡晃一郎、佐藤勝彦、ブルーカレント・ジャパンから本田哲也が講師として参加いたします。

詳しくは下記をご覧ください。皆様のご応募をお待ちしております。

ご案内パンフレット:

http://www.ikls.org/wp/wp-content/uploads/2015/07/innovatorship_program.pdf

一般社団法人知識リーダーシップ綜合研究所:

http://www.ikls.org/archives/532

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