戦うコミュニケーションの発想の原点、世界(コラム)(コラム)最古の兵書「孫子」1:戦うコミュニケーションの発想から「孫子」を切る

 

意識 VS 意識 の戦い、コミュニケーションの力本領発揮! 
コミュニケーションという行為はもともと「戦う」という行為と密接な関係にある。
「戦う」という行為には様々なものがあるが、その最たるものが武力と武力が真っ向からぶつかり合う「戦争」である。戦場で働く「力」は必ずしも武力とは限らない。所詮、「人」対「人」の戦いである。実際に戦場に投入された敵味方双方の将兵や兵士の心理や意識のあり方がその持てる武力以上に戦争の勝敗を決定する。俗に言う心理戦争がモノを言う。人類は有史以来、コミュニケーションを人の心理や意識に影響する力と認識、この「心理戦争」を戦うためにコミュニケーションの力を大いに行使してきた。

 

戦場においてコミュニケーションがその力を発揮するプロセスは極めて明快である。
敵に対してメッセージを撃ち込むことによって相手の心理や意識に働きかけ、味方が戦場において優位なポジショニングを築けるように相手の行動を誘導する。また、メッセージとはミサイルのようなもので、敵側から撃ち込まれてくるメッセージに対しては、迎撃用のメッセージで応戦、味方側の心理や意識への敵側からの影響を阻止する。このように攻撃用メッセージ、迎撃用メッセージを撃ち合う中で、敵の行動を誘導したり、牽制したりしながら徐々に味方に有利な状況を創り出していく。味方に優位なポジショニングを謀った上で敵に対して最終的に武力攻撃を仕掛ける。戦場においては双方の「武力」対「武力」の構図と同時に優位なポジショニングの確保を競うための目に見えない「意識」対「意識」の戦いの構図がある。実際の攻守を争う戦闘という事象の背後には敵の意識を攻撃する、味方の意識を守るという敵味方双方のコミュニケーション力のぶつかり合いがある。

 

戦うコミュニケーションの本質は優位なポジショニングの確立

 

この戦うコミュニケーションの発想は何も戦争の場だけのものではない。ビジネスや政治の最前線などあらゆる社会的活動の現場で展開されている。選挙などその最たるものである。選挙戦などは武力は使わないが、メッセージというミサイルを打ち合いながら、有権者の票の獲得を競うコミュニケーション戦争である。戦うコミュニケーションの本質は優位なポジショニングの確立である。それをテコに相手の行動を牽制、あるいは相手の支持を取り付けるなど相手を動かすことができる。その優越が「勝ち組」、「負け組」を決める。グローバリゼーションが加速する中で、政治、経済、社会のあらゆる分野において多様な競争者が出現、乱立する大競争時代に突入する。企業も国も個人も勝ち抜くための優位なポジショニングをどう確立していくかが大きな課題となる。戦うコミュニケーションに対する理解を深め、その力をフルに発揮する発想を持つことがますます必要となる時代になる。

「孫子」は戦うコミュニケーションの発想を明確に打ち出した古典 
実際の戦争の戦略・戦術を説いた兵法書をコミュニケーションの視点から読み解くことは戦うコミュニケーションの発想を培うためには有効である。世に兵法書というと西の「戦争論」(クラウゼビッツ)と東の「孫子」と並び称されている。しかし、やはり最古の兵法書である「孫子」が群を抜いている。「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。」とコミュニケーションの力で相手を屈することが最善の策であると説いている。まさに「孫子」は戦うコミュニケーションの発想を明確に打ち出した古典なのである。「孫子」は中国の春秋時代末期、紀元前五世紀中ごろの書とされている。その内容は「計」、「作戦」、「謀攻」、「形」、「勢」、「虚実」、「軍争」、「九変」、「行軍」、「地形」、「火攻」、「用間」、「九地」と全部で十三篇からなる。初めの三篇である「計」、「作戦」、「謀攻」が総説とされ、四篇から各論に入る。「孫子」は今までに多くの専門家が軍事戦略・戦術面だけでなく、企業の戦略・戦術面での分析や考察を加えている。また、人生の処世術的な視点からも多く取り上げられている。しかしながらコミュニケーションという視点から取り上げられている例は殆ど皆無である。しかしながら、「孫子」を読み進めていくと、その殆どの内容がコミュニケーションを力として如何に行使するかを説いており、「戦うコミュニケーション」の原点となる本であると言える。

「孫子」の4つの特徴 
戦うコミュニケーションの発想から「孫子」を読み解くと4つの特徴が指摘できる。

  1. 「戦わずして勝つ」を基本理念としており、武力衝突をなるべく回避するという強い姿勢を貫いている。武力の行使を最小化するということは、言い換えればコミュニケーション力をフルに活用するということである。コミュニケーション力を駆使、味方の戦意を高揚、敵の戦意を喪失させ、「戦わずして勝つ」を実践することを最重要課題と位置づけている。まさに「孫子」は戦うコミュニケーションの本質を説いた兵法書であると言える。
  2. 精緻な現実観察を通じて「敵を知る」ことが戦う前に勝負を知る上で重要であることを説く。これは現実観察を徹底することによって敵を知り、武力に頼らず敵を屈することに腐心するという「戦わずして勝つ」という基本理念とも一致している。また敵を知ることと同時に味方を知ることが重要であることが指摘されている。勝つためには敵・味方に留まらず、多様な「相手を認識する」ことが一貫して強調されている。コミュニケーションはまず相手を認識するところから始まる。多様な相手をどれだけ的確に認識できるかが、コミュニケーション力の優越を決める。「孫子」は相手を認識するというコミュニケーション力を使い切る上での基本を徹底して説いた兵法書であると言える。
  3. 戦場で敵に対して主導性を絶えず発揮することが強調されている。これは自分の敷いた土俵の上で敵と戦うことを意味する。こちらが作った土俵である全体戦略の枠組みの中に敵を引き入れ、その中で敵を追い詰めていくという発想である。コミュニケーションにおいても基本メッセージという土俵がある。この基本メッセージという土俵の上で相手と対話することがコミュニケーション力発揮の要諦である。「こちらの土俵の上で相手を転がす」という大原則は実際の戦争だけではなく、あらゆるコミュニケーションの戦いにおいて適用されるものである。
  4. 人間観として徹底した性悪説を貫いている。戦場におけるコミュニケーションの本質は敵、味方を含めたすべての関係者の意識を囲い込むための争奪戦である。そこでは性善説では弱い。性悪説を前提にした“ぎりぎり”の工夫が求められる。性善説に基づいた人間観ではコミュニケーションの本当のパワーを発揮することは難しい。

性悪説が戦うコミュニケーションの基本

日本のコミュニケーションの弱さは、その根底に性善説にある。今や政治も、外交も、ビジネスも性悪説に基づいたコミュニケーションが世界標準になりつつある。日本のコミュニケーションの根底に性悪説を導入することが、今後求められてくる。特にコミュニケーションを戦う力として使い切るためには、性悪説を前提とした人間観をもつことが必要不可欠である。日本は政治、外交、ビジネスにおいて、更には個人の世界においても今後グローバルな人材競争に晒される中、自らを戦うコミュニケーションの発想で武装することが強く求められる時代になる。「孫子」という世界最古の兵書をコミュニケーションの視点で読み解く現代的な意味がここにある。