アーカイブ

Month: November 2008

  • (コラム)戦うコミュニケーションの発想の原点、世界最古の兵書「孫子」6:計篇(その三)

    「孫子」の戦略コミュニケーションの真骨頂、事象の変化を意識変化のレベルで捉える!  「孫子」は「天と地」、すなわち時間的変化と空間的変化という2つの視点から事象変化を分析する。「天」という表現を使って時間軸から変化を捉え、タイミングを謀ることを強調する。また「孫子」は「地」という表現を使って空間軸から変化を捉え、ポジショニングを謀ることを重視する。このタイミングとポジショニングを重視する姿勢の根底には、あらゆる事象の変化は人の意識に大きく影響するという基本的な考え方がある。周囲の事象変化が人の意識にどのような変化をもたらすかを計算し、タイミングとそのポジショニングを謀る。目に見える事象のレベルでのみ捉えるのでなく、目に見えない人の意識のレベルから変化を捉える発想こそ「孫子」の戦略コミュニケーションの真骨頂である。 選挙戦略の鍵、有権者の意識の変化を先取りする! コミュニケーション戦争と言われる選挙という“事業”においても、有権者の意識の変化を十分把握することが求められる。特に二大政党制的な枠組みにおいては、どちらの党が有権者の潜在的意識の変化を先取りできるかが勝利の是非を握る。潜在的な意識の変化とは潜在的なニーズの変化と言い換えても良い。潜在的ニーズの変化とはまだ有権者自身が意識していないニーズの変化である。有権者の潜在的ニーズの変化が“民意”である。この“民意”を先取りし、その“民意”が求めるビジョンと政策を打ち出すのが政党の役割であり、その“民意”の先取りを競争させるのが二大政党制の効用である。日本ではまだ二大政党制の枠組みができたのが民主党と自由党が合併し、政権選択選挙と位置づけた2003年の総選挙以降で、歴史がまだ浅い。二大政党制の大先輩であるアメリカやイギリスと比べると“民意”を先取りするための調査方法も不十分であり、努力不足が目立つ。アメリカでは、この“民意”を先取りするために、民主党と共和党はしのぎを削る。有権者の意識の変化を先取りする最も大きな目的は選挙戦を戦うための“土俵”設定である。そのために日本の政党が調査にかける費用の何十倍もの規模の有権者意識調査をアメリカでは実施する。この“土俵”のことをバトル・フィールド(Battle Field、戦場)と表現する。選挙戦においては、戦う“戦場”を何処に設定するか、しかも相手より先に設定することが選挙の勝敗を決定すると言っても過言ではない。 今回のアメリカ大統領選においてもオバマが圧勝した大きな理由のひとつは的確な“土俵”を先に設定したことによる。オバマの場合、その“土俵”とは“アメリカはひとつ”(United)、“変革”(Change)、そして”希望”(Hope, Yes, We Can Do)の三点盛から成る。オバマの土俵設定の特徴は、まず未来視点(希望:Hope)から現在を見る。そして現在何をしなければならないかを明確にする(変革:Change)。最後に国民に対して覚悟を催す(アメリカはひとつになる覚悟)。オバマの設定した“土俵”は選挙キャンペーン中、変わることはなく、すべてのメッセージがこの“土俵”から発信された。一方のマケインはオバマの“土俵”に対抗できるだけの土俵設定ができなかった。選挙キャンペーン開始当初から、マケインは“自分はブッシュとは違う”ということを主張続けざるを得なかった。また、経験が未知数であるオバマに対しては“自らの豊富な経験”をアピールするだけで、これと言った決め手に欠けた。オバマの“土俵”設定の凄さは、彼の3大弱点である無名、黒人、未経験を逆手に取り、それらを強みに変えたことである。そのためには未来視点から現在を意味づけることが必要になる。過去視点に立った“経験”とか“実績”というものを無力化する土俵設定が求められる。過去の延長線上では“Changeできない”という論法を敷くことになる。こうなると過去の実績や経験をもったマケインの立ち位置は弱体化する。マケインがブッシュ共和党とは違うと躍起になれば成る程、国民はマケインの“後ろめたさ”を感じる。オバマに対して経験でマケインが勝負すればする程に、国民はマケインを過去の人と見る。国民に対して、未知数は多いが未来視点に立ったオバマを選ぶか、経験・実績はあるが過去視点に立ったマケインを選ぶか、の二者択一の構図に追い込んだことがオバマの勝利を呼び込んだ。 日本の政党は、従来からどの党に投票するかと言った投票行動調査は実施しているが、有権者の潜在的な意識の変化を先取りするような調査は行ってこなかった。結果として選挙戦を戦う上での“土俵”設定はかなりいい加減で、科学的な論拠が乏しかった。国民の意識の変化を調べる調査を初めて試みたのが民主党である。2003年の衆院選において、国政選挙に初めて価値観分析に基づいた有権者意識調査を実施した。日本では従来、属性分析を中心の意識調査が行われてきた。その背景は日本が属性(外見から分かる特徴、例えば男性と女性、年代、サラリーマンと自営業、所得水準などなど)と価値観が比較的一対一の対応関係にあったことがあげられる。年齢別、性別、職業別によってひとつの価値観が共有化されていた。ところが価値観の多様化によって、この属性と価値観の一対一の対応関係が近年とみに崩れてきた。同じ世代間でも、性別間でも、職業間でも異なる価値観をもつ人々が増えてきた。もはや日本においては属性でクラスター分けしてもあまり意味を成さなくなってきた。属性でなく価値観で有権者をクラスター分けすることが必要となってきた。アメリカの選挙戦では、この価値観分析が主流である。価値観で相手をグループ化していくことによって属性分析では“見えない”国民の意識の変化が可視化できる。 この見えない人の意識の変化を可視化、分析することによってどのような“土俵”設定が有効かということが浮かび上がってくる。...

  • (コラム)戦うコミュニケーションの発想の原点、世界最古の兵書「孫子」5:計篇(その二)

    「五事七計」の妙力、「天」と「地」とは? いつ戦うか、どこで戦うか、によって戦いの勝敗は大きく左右される。どのタイミングで、どこで戦うのが一番有利かをあらかじめ想定することは戦いの勝率を上げるためには不可欠である。ここで言う「天」とは「陰陽・寒暑・時制なり。順逆・兵勝なり。」とある。 「陰陽」は日かげと日なた、「寒暑」は気温の寒い暑い、「時制」は四季の推移、「順逆・兵勝なり」とは天の動きに従順な兵は勝つ、天の動きに従順でない兵は負けるといった意味らしい。要は戦いにおけるタイミングの重要性を説いている。「孫子」の中ではあくまで自然現象の移り変わりの中で最も戦うに適切なタイミングを謀ることを述べているが、必ずしも、自然現象に限定する必要はない。現代社会では人為的な現象の移り変わりの方が事業の遂行に大きく影響してくる。経済、政治、社会動向などが激しく変化する中で事業遂行という“総力戦”に打って出るタイミングをどう謀るかは重要課題である。特に様々な社会事象の変化は人々の意識に影響する。人の意識は移り変わるため、同じメッセージでもタイミングが違うと異なった意味合いでメッセージが伝わってしまう。ステークホルダーの意識の推移をしっかりと把握する。そして発信するメッセージがどのような意味合いで受け取られるかを綿密に確認する。これが事業遂行のタイミングを謀る上で重要なポイントとなる。 「地」とは「高下・広狭・遠近・険易・死生なり。」とある。「高下」は地形の高い低い、「広狭」は戦場の広い狭い、「遠近」は距離の遠い近い、「険易」は地形の険しさ平易さ、「死生」は軍を敗死させる地勢と生存させる地勢とある。要は戦場におけるポジショニングの重要性を説いている。「孫子」の中では戦場の地形の中で戦いに有利な位置(ポジションイング)をまず確保することの重要性を述べている。それは単に地理的優位性を確保するということにとどまらず、戦場における地理的な位置が将兵の意識に大きく影響することを計算、それを活用するといった発想もある。「背水の陣」という戦法がある。川に背を向けて敵と対陣する戦法である。この戦法では地理的優位性を求めていない。背後が水ということで、将兵の逃げ道をあえて塞ぐことによって将兵の覚悟を促し、戦意を高める戦法である。地理的な状況を活用、将兵の意識を戦いに追い込む工夫である。 “世論”という地形、世論支持の確保と形成を仕掛けよ! 現代社会においては“世論”という“地形”が事業遂行に大きく影響を及ぼす。あらゆる事業は大なり小なり、この“世論”の影響を受ける。“世論”の支持なしには事業実現は難しくなってきている。“世論”の支持を得られるように事業をポジショニングすることが極めて重要に成ってきた。また、世論の支持を確保するだけでなく、世論形成を逆に仕掛けることによって、事業実現のスピードに加速をつける。すなわち“世論”を利用して事業実現のためにステークホルダーの意識と行動を動かす。“世論”とは一種の社会的な思い込みである。国論のような大きなものもあれば、井戸端会議で生まれてくるような口コミ世論もある。特にインターネットの普及によって、従来のようにマスコミを通じない世論形成が身近なところで竜巻のように日常茶飯事に起こっている。世論とはある視点や想い、感情に対する一種の“思い込み”のような顕在化した集合意識である。英語ではPublic Opinionと表現されている。一方でまだ顕在化されていない集合意識もある。はっきりとした視点、想い、感情ではないが、潜在的に何かを“感じている”という意識である。これから顕在する可能性をもった世論の予備軍である。広義な意味で“世論”に加えてもよい。この広義の“世論”が様々に生起して一種の社会的な集合意識の地形(意識マップ)のようなものを形成する。顕在化したもの、潜在化しているもの、広く行き渡ったもの、限定されたもの、身近でないもの、身近なもの、乗り越えがたいもの、乗り越え易いものというようにその形状は様々である。この社会的な集合意識の地形の形状を把握した上で、“世論”の支持を得られる優位性のあるポジショニングを綿密に謀る。また必要に応じて“世論”を創り出す。“世論”支持の確保と形成を仕掛ける。“世論”のレバレッジを効かせて事業遂行のために多様なステークホルダーを動かす。戦略コミュニケーションの発想である。...

  • (コラム)戦うコミュニケーションの発想の原点、世界最古の兵書「孫子」4:計篇(その一)

    計篇 孫子曰く、兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道は、察せざる可からずるなり。故に之を経るに五を以てし、之を効らかいにするに計を以てし、以て其の情を索む。 一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。道とは民をして上と意を同じゅうせ令むる者なり。故に之を死す可く、之れと生く可くして、民は詭わざるなり。 天とは、陰陽・寒暑・時制なり、順逆・兵勝なり。地とは、高下・広狭・遠近・険易・死生なり。将とは、智・信・仁・勇・厳なり。法とは、曲制・官道・主用なり。 凡そ此の五者は、将は聞かざること莫きも、之れを知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。故に之れを効らきあにするに計を以てし、以て其の情を索む。 曰く、主は孰れか賢なる、将は孰れか能なる、天地は孰れか得たる、法令は孰れか行なわる、兵衆は孰れか強き、士卒は孰れか練いたる、賞罰は孰れか明らかなると。吾れ此を以て勝負を知る。   総力戦の発想、あらゆる意識を動かす!  この章はまず「兵とは国の大事なり」から始まる。「兵」とは戦争を意味する。戦争とは国の存亡をかけた重大事であることを説いている。戦争というものが最早戦場で戦う将兵だけでなく全人民を巻き込んだものであるという総力戦の発想である。負ければ全人民が犠牲となり、国が滅ぶ。十分な準備と覚悟なく戦ってはいけないというメッセージである。戦争とは国の存亡と人民の人命をかけた一大事業である。様々な利害関係をもった人々の意識を戦争という事業に駆り立てる一大プロジェクトである。様々なステークホルダー(利害関係者)の意識に働きかける戦略コミュニケーションがプロジェクト成功の成否を握る。企業も国も、あらゆる組織が様々な“事業”を抱えている。新事業への進出、既存事業からの撤退、新商品の発売、欠陥商品への対応、組織変革、企業統合、政策実現、通商問題解決、外交戦略の確立、政権交代、環境保全、安全の確保、人権の獲得、国家の独立、技術革新、など様々である。これらの事業を実現させるという事は、企業であれ、国であれ、その他の組織であれ、ある意味、組織をあげての“総力戦”である。その事業実現に向けて利害関係をもつ多くの“人の意識”を動かすということである。 「五事七計」の妙力、まず「道」とは? 「孫子」はこの総力戦を開始するにあたっては「五事七計」という5つの基本的事項の確認と7つの尺度からの分析を十二分に検討することを強調している。「五事七計」とは、「一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法」である。「道」とは上下の意識が総力戦を戦うということで一致しているか。言い換えれば、総力戦を始めようとしている統治者に対して民衆が支持しているかということである。総力戦は民衆全体を兵士として、兵站要員として、戦費を稼ぐための労働力として、総動員する。民衆の強い支持があって初めて民衆を動かすことができる。戦争をするならば、まず“隗より始めよ”(身近なところから始める、身内から始める)である。“民衆の支持のない戦争は始めるな”である。人間の意識を囲い込む際は“まず身内から”というのが戦略コミュニケーションの原理・原則である。そしてそこには納得のいく大儀名分が必要となる。しっかりとした大儀名分があってはじめて人々の意識を囲い込み、戦争へと駆り立てることができる。 一に曰く道、ます社内より始めよ!ブランド構築の基本 これは企業や商品のブランドを構築するプロセスと共通する。とかくブランドをつくると言うと、派手に宣伝・広告・コマーシャルと外向けにメッセージを発信、企業や商品の認知(Visibility)をあげることと理解されている。ところがブランドとは単に認知(Visibility)だけの問題ではない。その企業や商品が提供している“価値”に対して納得しているという信頼(Credibility)が確立されて初めて、企業はその活動への支持を獲得でき、商品を顧客は購買する。信頼(Credibility)を確立するにはマスメデイアで一方方向的に喧伝してもだめである。人々が企業や商品が提供する“価値”を“認知する”だけでなく“実感する”することが必要不可欠となる。そうなると日々、それらの“価値”を実際に提供している社員の意識のあり方が重要になってくる。社員が企業や商品が提供する“価値”を十分納得しているという意識付けが肝要となる。企業が提供するブランド価値に対して社員がそれを理解するだけでなく、それを受け入れ、それを行動として支持・コミットするといった意識付けがブランド構築という一大事業を開始するにあたってまず求められる。企業はまず最も身近なステークホルダーである社員の意識を囲い込む。そして企業が取り巻く様々なステークホルダーに対して社員が日常の活動の中でそのブランド・メッセージを直接発信する。これが、他のステークホルダーに対する信頼(Credibility)醸成の第一歩である。それには企業が提供する“価値”をミッション(Mission)として、ビジョン(Vision)として、事業戦略として、しっかりとメッセージ化することが必要となる。そしてそのメッセージをあらゆるチャネルを通じて社員に伝達、その意識への浸透をはかる。まず社内を固める。これがブランド構築という一大“総力戦”を戦うための最も重要な準備である。    ...