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トピック別に並べ替え:戦略レピュテーションマネジメント

戦略コミュニケーションの奥義、“自分との対話を制する”(後編)

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夏目漱石の「草枕」の冒頭の文章が示唆に富む 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」 智に働く、情に棹さす、意地を通す、すべて自分である。ここを抑えれば、とかくに人の世は住み易くなるのである。 リーダーは“儀式”で心の呪縛を粉砕する 人間は思い込みの動物である。思い込みがないと人生生きていけない。重要なのは“適切な”思い込みを持つことである。 仏教では思い込みを妄想×煩悩と言う。何を妄想×煩悩するかによって心の呪縛が生まれることを説く。よって妄想や煩悩をコントロールすることで心の呪縛を解くことができる道理である。自分との対話力を培い妄想×煩悩を飼いならすことが仏教の考え方である。ただ、妄想×煩悩とは猛獣のようなもので、下手するとこちらが喰われてしまう。如何に飼いならすかは至難の技と考えた方が良い。 甘く見ないことである。多くのリーダー達が自分の中にある“猛獣”を躾けるため必死に創意工夫を凝らし“自分との対話”を実践している。いわゆる“儀式”を持っている。自分との対話の“ルーティーン”である。 その内容は様々である。ジョギングをする、ジムで筋トレをやる、夜中に密かにヨガに入る、早朝にお経を唱える、茶道を嗜むなど多様である。ある70代半ばのビジネスリーダーに言われたことがある。50代では1日1時間、60代では2時間、70代では3時間、自分との対話の儀式に時間を使へと。本人は早朝5時に起床、10キロ近く走り、そのあと呼吸法を実践している。車の運転もそのルーティーンの1つでトータル1日3時間はこなしている。 成功体験の年輪を重ねると傲慢になってくるのは人の性のようだ。自分との対話を通じて、この傲慢さと向き合い自らを律することが成功を重ねるとリーダーにはますます必要になってくる。 石川島播磨重工や東芝を再生させ、政界、財界にも睨みを効かせた土光敏夫元経団連会長などは“メザシの土光さん”と愛称がつくほど生活が質素であっただけでなく、毎朝4時に起床、長時間お経を唱えることを日課としていた。これなどは、まさに自分と向き合うためのルーティーンである。 元寇の乱で元軍に勝利した北条時宗が師と仰いだ無学祖元という禅僧が時宗に禅を説いた。 「坐禅堂で型の如く坐禅をするだけが坐禅ではない。いつ、どこでも、自己の身体と口と意(こころ)を整頓することが坐禅である。」 そして、5か条の自己整頓の心得を伝える。 ① 外の物ごとに心を奪われず、泰然として自己の信ずる道を守って動くな。 ② 外の物ごと貪着(むさぼりこだわる)するな。一方に貪着すると、必ず他の一方の注意を欠く。油断や恐怖はこんなときに起こる。 ③ 自己の才知を頼んで、あれこれ策を樹てるな。常時も非常時も平然として、その心を一にしておれば、どんな異変に遭遇しても、霊妙なる作略が生まれるものだ。 ④ 心の見る物量を拡大せよ。心の視界が狭小だと、胆量もまた自然に小量になるから、心で思うことを拡大せよ。 ⑤ 勇気を持て。勇猛の心意気はよく白刃をも踏む。反対に柔懦(いくじのない)の身体では、窓の隙間風にも耐えられまい。故に常に心身を鍛えよ。 日々の自分との対話のガイドラインとして多くの示唆を与えてくれる。

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戦略コミュニケーションの奥義、“自分との対話を制する”(前編)

著者:

自分との対話に勝って自分を動かす コミュニケーションは人を動かす力である。 ところが、最も動かすことが難しい相手は自分である。 自分ほど思い通りにならないものはない。 人生、日々自分との葛藤とも言える。この葛藤をどう乗り切るか、自分との対話をどう制するかが、実はコミュニケーション力を飛躍させる鍵を握る。 コミュニケーションと言うと相手との対話を先に思い浮かべるが、先ずは自分との対話である。結果、自分を動かす、相手も動く。これが戦略コミュニケーションの基本発想である。 自分との対話が十分できていない人は自分も動かせなければ相手も動かすことができない。 日頃から“自問自答”の癖を身につけ自分との対話力を鍛えることがコミュニケーションのチカラを次のレベルに飛躍させる。 自分の思い込みが「相手を知る」ことを拒む コミュニケーションはすべて“相手を知る”ところから始まる。相手を知らないと間違ったメッセージを伝えてしまう。逆に相手を十分知っていれば的確なメッセージを打ち込むことができ、相手との対話をリードできる。ところが、厄介なことに、相手を知る上で最大の敵が“自分の思い込み”なのである。 “相手を知る”とは、相手の“受け皿”を知ることである。こちらが話したことがどのように受け取られるかは相手の受け皿次第である。 こちらが発信したと思っているメッセージはメッセージではない。単なる情報発信である。その情報が相手の受け皿に届いた瞬間にメッセージになる。相手の受け皿次第で伝わるメッセージが変わる。 Aと言ってもBやCなどと伝わってしまう。受け皿を把握していないと相手に何が伝わるかわからない。結果、間違ったメッセージが伝わり、想定外の相手の反応を招き、対話の主導権を奪われる。 そこで相手の受け皿とは何かと考えると、相手の物事への認識とそこから生まれる感情の起伏である。ここを先ずおさえないと相手に何を発信していいのかわからない。 ところが、逆に自分の物事への思い込みとそこから生まれる感情の起伏が相手を知ることを邪魔する。相手を“素直に”受け入れられない。相手の言っていることを勝手に解釈する。嫌いなタイプの人は色眼鏡で見る。また逆に好きなタイプだと過剰評価する。怒りで興奮している時は相手の言うことがいちいち突っかかってくる。突き詰めると実はその原因は自分にあることが多い。 自分との対話とは、先ず、この凝り固まった“自分”を一旦、「無」にする作業とも言える。相手の受け皿を受け入れる度量を自分の中に仕掛けることである。自分の思い込みや感情に呪縛されない力を身につけることである。まさに自分との日々の対話がこの度量と力を育てる。 心の動きが自分の働きを呪縛する 日常は自問自答の日々である。一念発起、早朝5時に起床と決めても実際に目覚ましが鳴ると起きるか起きないかの葛藤が始まる。「あと30分、いや1時間寝よう。いやいや、ここは起きなければ」あたかも自分の中にもう一人の自分がいて、起きるか起きないかの自問自答を展開する。 自分の心ほど自由にならないものはない。厄介なのは心の自由気ままな動きが自分の働きを呪縛する。落ち込んでいると仕事で本来持っている力の発揮が削がれる。動揺しているとプレゼンテーションが上手くいかない。怒りや嫌悪感が商談や交渉をダメにする。意地を張ると人間関係を悪くする。 心の呪縛とは、 ① 心が奪われる。 ② 心が執着する。 ③ 心が動揺する。 ④ 心が狭くなる。 ⑤ 心が萎える。 である。 心の呪縛から自分の“働き”を守るには自分との対話力を鍛えるしかない。 言い方を変えると、自分の心の動きをコントロールすることである。ところが自分のものであっても自由にならないのが心である。目の前の事象によって心は一喜一憂、絶えず揺れ動く。憂いたり、怒ったり、悲しんだり、喜んだり、驚いたり、その定るところを知らない。この心の呪縛が相手を知ることを妨げるだけでなく、こちらの“働き”にも影響し、相手との柔軟な対話を損なう。

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