ネットと選挙~インターネットでアメリカを動かした男、オバマ~

コミュニケーションは力である。

選挙はコミュニケーションの力を最大限に発揮する場であり、コミュニケーションという力を使った戦争とも言える。オバマはネットを使って、大統領選というコミュニケーション戦争に勝った。

ネットの最大の効用は”サイレント・マジョリテイー”の声なき声の可視化である。オバマはネットを通じて”サイレント・マジョリテイー”の”変化を求める”声を可視化した。そして、それをテコにアメリカの大統領になった。「オバマ現象」(Obama Phenomenon)とは、動くはずのない”サイレント・マジョリテイー”が動いたという驚きの現象なのである。

オバマがネットに期待する役割は3つある。
1.共感を創り出す 2.共感を誘導する 3.共感を参画意識に変える

選挙戦を支えたオバマの戦略コミュニケーションの発想は3つの柱からなる。まずは、自らの弱みを強みに変える”土俵”(共通認識)の設定である。次に.支持者を囲い込む参画意識の醸成である。そして、最後に、第3者からの発信をテコに自らのメッセージ性を強化することである。いわゆる、オバマの三位一体の戦略コミュニケーションの発想である。

  1. 土俵(共通認識)の設定
  2. 相手の考え方や価値観が多様化する中で、予め共通認識をつくらずに相手にメッセージを伝えることは危険である。自分が発信したメッセージは99%誤解されるか、曲解されるかと思った方が無難な時代に我々は生きている。特に、アメリカのような多様な価値、宗教、人種、文化をもつ人々からなる社会では、まず共通認識を先に醸成した上で、こちらのメッセージを伝えることが肝要である。オバマはネットを使い、”変わらなければならない”いわゆる”Change”という共通認識を国民の意識の中に定着させるのに大いに腐心した。よくオバマはケネデイーと対比される。圧倒的な国民からの支持、人々の気持ちを魅了する演説、ベルリンに20万人もの群衆を集めてしまうリーダーとしての魅力、などなど二人の間には多くの共通項がある。しかしながら、二人の間には決定的な違いがある。それはケネデイーが”自由主義VS共産主義”という明確な2元論の時代に生きたのに対して、オバマは”多様性という時代”に生きているということである。ケネデイーの時代は反共主義を唱えていれば、世界の半分の支持が得られた。オバマの時代は違う。多様な主義・主張がある世界では、一つの価値観や考え方に固守したメッセージ発信は多くの反発を生み、命取りになる。オバマの偉いところは、まず、一つの共通認識をつくった上で、その共通認識をベースに自らのメッセージを伝えるという慎重さである。反発や対立を最小限に押さえるために最前の努力をしている。多様性の中でのコミュニケーションの新たなあり方を示したと言える。そしてネットの活用がこれを可能にしたのである。

  3. 参画意識の醸成
  4. CHANGEという共通認識を醸成、その土俵の上でメッセージを発信、共感を創り出し、さらにその共感を参画意識までもって行く。ここにオバマ流戦略コミュニケーションの発想の真骨頂がある。この参画意識の醸成を可能にしたのが、オバマのネット献金とネット・メデイアである。

    オバマのネット献金
    オバマはネット献金で630億円に上る選挙資金を集めた。しかも100%個人献金である。一人あたりの平均献金額はおよそ100ドル。アメリカ大統領戦では初めてのことである。しかしながら、もう一つの重要なポイントがある。オバマのネット献金のしくみそのものが有権者の参画意識を醸成したことである。まず、630億円の献金が100%個人献金という事実そのものが、オバマが唱える”CHANGE”という新たな時代の潮流を象徴する。少額であっても自らの手で献金することが””オバマとともにCHANGE(変化)に参画している”という自覚を創り出す。ネット献金が参画意識を創り出すインキュベーターの役割を果たした。

    オバマのネット・メデイア
    ネット献金によって、触発された参画意識が今度はオバマのネット・メデイアを通じて急速に広がっていく。オバマはネットを活用することで自分のメデイアを持った初めての大統領である。BarackObama.comは単なるウェブというよりも、マスメデイアを越えたネットメデイアである。それを可能ならしめたのが3つの仕掛けである。一つは、利用者の関心やニーズにそくして個別対応できるMybarackobama.comの仕掛けである。ふたつめは、Obama Mobileのようにスマートフォンなど多様な端末からのアクセスを可能にしたこと。最後に、多様なインターネット・コミュニテイーとのつながりが工夫されている。結果として、1300万件のメールアドレスが集積される。オバマはこの自らのネット・メデイアを通じて最新情報を提供、従来のマスメデイアが逆にフォローするという事態になる。マスメデイアに依存せず自らのメッセージを発信する装置を持ったのである。

  5. メッセージ性の強化
  6. オバマ現象の特徴のひとつは、かつてない程に著名人やアーテイストがオバマに共感、動いたことである。多くの第3者がオバマを支持するメッセージを発信した。しかも有名人だけではない。数多くの不特定多数の人々がオバマの基本メッセージであるCHANGEの必要を訴えた。コミュニテイーサイト内でも700万人のサポーターがオバマのメッセージを支持、SNS発で企画されたオフイベントは20万件にも上る。まさにオバマは世界最大のクチコミをネットを通じてオン・オフの世界で演出した。これがオバマのメッセージ性を飛躍的に上げる。

サイレント・マジョリテイーの声なき声を可視化する

ネットで選ばれた最初の大統領にふさわしく選挙終了後もオバマのネットを使った大胆な”試み”は続いている。オバマは大統領選に勝ってから実際に就任するまでCHANGE.GOVというサイトを立ち上げる。選挙中のサイトであるBarackObama.comが”発信中心”のサイトになっているのに対して、CHANGE.GOVは”受信中心”になっている。オバマが大統領に就任したら、どのような政策を実現してほしいかを国民から聞き取るためのサイトである。そして、そこではアップされた個々の政策の順位づけが行われる。実現してほしい様々な政策がアップされる。中には”マリファナの解禁”のような社会通念上問題のある政策も含まれる。ところが、ここで面白い現象が起こった。偏った、あるいは社会通念上問題のある政策が、投票を通じてどんどん順位を下げていく。一方、内容がしっかりしている政策が上位ランキングを占める。一種の浄化作用が働き始める。そしてそこには一つの”カラクリ”があった。個々の政策に対する支持を”ワン・クリック”で表明できる仕掛けである。これにより、サイレント・マジョリテイーの声が一挙に可視化する。わざわざ文章を書いてまで政策をサイトにアップする手間をかける人はそう多くはない。全体の4%ぐらいだと思えばよい。しかし、”ワン・クリック”で投票できるならば、このパーセンテージは飛躍的に上がる。サイレント・マジョリテイーの声なき声が可視化する瞬間である。この声なき声が可視化すればするほどサイトの浄化作用が働く。
この試みは政策のオープンソース化と言える。従来のように議会や、行政府が一方的に政策を決めるのではなく、国民がその形成プロセスに直接参画していくという方向性を示唆する試みである。ネットだからこそできることなのである。民主主義の実現という視点から考えるとネットの役割は今後ますます大きくなってくる。

世論の支持を受ける時代から世論をつくる時代へ

オバマ政権のサイトであるWhiteHouse.govは、”受信中心”だったCHANGE.GOVと比べるとBarackObama.comと同様に”発信中心”のサイトになっている。ただし、BarackObama.comが”共感をつくる”という意図から仕掛けられたものであるのに対してWhiteHouse.govは”世論をつくる”ということで、その意図が大きくシフトしている。世論をつくり、その世論をテコにオバマ改革を実現していくといったオバマの意志を感じる。今までのように、世論の支持を受けることに汲々とすることから、逆に世論をつくることによって改革を強力に推進していくといった“覚悟”がある。「世論をつくる、改革を実現する」ということでは、小泉純一郎元総理を思い浮かべる人が多い。映像メデイアを使って、“刺客騒動”を仕掛け、“郵政民営化”という世論をつくる。郵政民営化を改革の本丸として位置づけ、衆参両議院で否決されたにも関わらず、圧倒的な世論をテコに郵政民営化法案を通す。小泉流戦略コミュニケーションの発想である。小泉元総理とオバマ大統領に共通することはこの「世論をつくる」という視点を持っていることである。しかも、双方とも“共感”の作り込みに成功している。しかしながら、その“つくり方”が違う。小泉流はテレビというマスメデイア、オバマ流はネットである。ここには大きな“違い”がある。小泉流は一方的なメッセージ発信をマスメデイアに仕掛けることによって世論をつくる。トップ・ダウン方式である。オバマ流は双方向的なメッセージの受発信をネットで仕掛けることによって世論をつくる。ボトム・アップ方式である。言い換えれば、小泉流は”PUSH”型、オバマ流が”PULL”型である。両方とも“共感”を起爆剤にして世論をつくる。小泉流は強烈なメッセージを一方的にマスで打ち込むため、即効性は高いが、いずれその反動がやってくる。効き目が直ぐ出る西洋医薬のようなものである。しかしながら、その副作用が高い。一方、オバマ流はネットでの対話を通じてメッセージをジワジワと浸透させるため、即効性は弱いが、反動はすくない。ジワーと薬が効いてくる副作用の少ない漢方のようなものである。
マスメデイア依存の世論形成とネット依存の世論形成を比べた時に、マスメデイアの場合、一方的なトップ・ダウン方式なので”受動的な民意”となる。時によっては”偏った”世論になる可能性がある。ネット依存の場合は双方向的なボトム・アップ方式なので“能動的な民意”である。”参画意識”をベースとしているため、より偏りの少ない世論になる可能性が高い。ネットを通じて「世論をつくる」オバマの試みが今後どう進展していくのか注目する必要がある。