政権交代のコミュニケーション力学1

今年は総選挙、続く政権交代と政治が大きく動いた1年であったが、コミュニケーションの視点から見ても大きな力が働いた。選挙に関連する講演シンポジウムの中で、その力学についての分析を発表してきたが、今回改めて「政権交代のコミュニケーション力学」としてまとめたものを数回に分けて投稿する。(尚、連載終了後はプリントするのに適したPDF版をアップロードする予定)

コミュニケーションの本質“人を動かす”

コミュニケーションは人を動かす力である。力である限り、その行使には反動がある。物理学でいう力の“作用・反作用”である。ところがコミュニケーションの力の場合、相手が“納得”して動いてくれるため、その行使には比較的、反作用、反動が少ない。これに比べて、人を動かす他の手段である武力、財力、権力は、その使用にはかなりの“反動”を覚悟する必要がある。武力を使えば人の恨みを買う、財力にものを言わせれば、金の切れ目が縁の切れ目、権力を行使すれば、権力闘争に陥る。この意味でコミュニケーションという“チカラ”はコスト・パフォーマンスの高い力であると言える。実際のところ、有史以来、人間は、このコミュニケーションの力を最も使っている。人の意識を変え、行動をかえるためには、武力、財力、権力、そしてコミュニケーション力すべてをうまく組み合わせながら使っていくことが求められる。しかしながら、その組み合わせの“妙”を創り出すのがコミュニケーション力学の発想である。人間はメッセージによって動く。

メッセージとは何か

武力、財力、権力、いずれを組み合わせるにしても、どのようなメッセージを相手に伝えるかがカギを握る。コミュニケーションの力のメカニズムを理解するには、まず“メッセージとは何か”その定義からスタートすることが重要である。最近、“メッセージ”という言葉をよく耳にする。確かに“メッセージ”という表現を使う人が増えている。大概、その意味するところは“相手に伝えたいこと”と言った範疇で多くの場合語られている。しかしながら、コミュニケーションの力の本質を深く理解するためには、“メッセージ”の定義をより深掘りすることが必要となる。コミュニケーションとは、端的に言えば“メッセージの受発信”を通じて、相手の意識に働きかけて、行動を変える力学である。つまり、メッセージとは、相手を実際に動かす“もの”なのである。敢えて“もの”と表現したのは、メッセージとは言葉だけによって、伝わるものではない。表情、態度、しぐさ、行動などの非言語によって伝えることもできる。モノや仕組み、さらには事象によってもメッセージは伝えることができる。

例えば、人事制度は社員を管理する仕組みであると同時に、その制度設計のあり方によっては社員に対して重要なメッセージを伝える立派なコミュニケーション・チャネルなのである。また、自分が発信していると思っているものが必ずしもメッセージではない。相手に伝わったものがメッセージである。同じ事を伝えても、相手によって受け取り方が違う。それは相手の受け皿が違うのである。受け皿が違えば、同じことを聞いても違ったメッセージを相手は受け取ることになる。ここで受け皿とは相手が持っている認識、文脈、偏見、感情などである。相手の受け皿を知らずに発言、発信するとエライ目に会う。とくに考え方、価値観、経験などが多様化する現代社会では

「自分の発言したことは、99%誤解されるか、曲解されるかである」

ぐらいに極端に思う慎重さが求められる。

コミュニケーションは厄介な“チカラ”

コミュニケーションは反作用、反動の少ない、コスト・パフォーマンスが高い力であると前述したが、実は一方で“厄介な力”でもある。武力、財力、権力などの力は通常“意識”してその力を行使する。ところが、コミュニケーションの場合は“意識”しなくても、そのパワーは作動してしまう。「言葉に出さず、黙っているから、メッセージを発信していない」と思っていても、周りは勝手に何等かのメッセージを受け取っている。黙っていれば、「今日は機嫌がわるいのか」、「人づきあいの悪いやつだ」、「仕事をする気があるのか」とか、その態度、表情、行動を周囲は勝手に解釈してしまう。そして、その受け取ったメッセージに従って周りの相手は行動を変え、態度を変えてくる。これは意識しなくても、コミュニケーションというパワーが相手に影響を与えてしまう。言葉として発言している時は、人間はある程度、コミュニケーションの力の行使を意識するが、それ以外はほとんど意識せずに、様々なメッセージが相手に伝わってしまう。自分以外の人間が一人でもいる場合、ある意味でメッセージは垂れ流しの状況にあると思った方がいい。コミュニケーションを“意識”することが、コミュニケーションの“チカラ”を使いこなすためのポイントである。

不確実性が伴うコミュニケーションのチカラの発動

コミュニケーション力を下手に使うと思いがけないしっぺ返しを食らうことがよくある。

コミュニケーションの力は武力、財力、権力と比較すると、その成果を予想することが難しい。そこには必ず不確実性が伴う。それはコミュニケーション力の本質は“対話”にあるからである。武力、財力、権力のように一方的に行使するものではないのである。“対話”という、双方向的なアプローチを通じて相手を説得、共感、納得してもらう作業がコミュニケーションの力の本源である。確実に成果を予想することができない状況の中で、恐れず、大胆にコミュニケーションのパワーの作動を仕掛ける強靭な意志と不確実であることに対する免疫性をもつことがコミュニケーションの力を有効に使うための能力である。

選挙はまさにメッセージ戦争、コミュニケーション力あるのみ

選挙とはまさに、このコミュニケーションの力がもっとも試される“現場”である。国民の支持を獲得するために、武力、財力、権力は基本的には使えない。選挙はメッセージ戦争である。民主、自民の双方が国民の支持を得るために、国民に対してメッセージをお互いに打ち合う。メッセージとはミサイルのようなもので、選挙では2種類のものがある。

攻撃用メッセージと迎撃用メッセージである。攻撃用とは、国民の支持を取り付けるために有権者に対して発信するメッセージと敵(相手の党)批判するために発信するメッセージである。一方、迎撃用とは、敵が有権者に対して発信したメッセージを無効にするためのものと、敵がこちらを批判するために発信したメッセージをかわすものである。

このメッセージというミサイルの撃ち合いの中で、国民の支持をより多くの支持を取り付けた者が勝者になる。

コミュニケーション技術のF1グランプリ“アメリカ大統領選”

最先端のコミュニケーション技術が駆使されるのが、アメリカの大統領選である。F1カーは“走る実験室”と呼ばれ、エンジン、シャーシー、タイヤなどの自動車技術の粋を集めたもので、その最先端技術を世界レベルで競うのがF1グランプリなのである。そこで開発された様々な新技術は、その後、量産モデルの車両に転用されていく。アメリカの大統領選とは一種のコミュニケーション力を競うレースである。どちらの候補が国民の支持を取り付けるかの競争である。そこでは、様々なコミュニケーションの手法が開発され、適用され、国民からの支持の囲い込みが行われる

1952年の大統領選(アイゼンハワーVSスチーブンソン)以降、予備選及び本選での選挙戦略の企画・実施を担う民間のプロフェッショナル・ファームが誕生する。以後、1回の大統領選で数千億円規模の市場に発展、上院選、知事選を含めると、世界最大の選挙戦略コンサルテイング市場を形成するに至る。国民の意識を変える、国民の意識を囲い込む、そのために考えられるあらゆるコミュニケーションの可能性が追求される。そのために多様な人材が集められる。PR・広報コンサルタント、CMクリエーター、世論調査専門家、スピーチライター、WEBサイトクリエーター、オンライン・デジタル専門家、弁護士、データーベース専門家、CRM専門家、そして全体のキャンペーンを仕切り、コミュニケーション全体を組織するCEO的人材など、これらのプレイヤーたちが、コミュニケーション技術の粋を駆使して選挙戦を戦い、そこからさまざまなコミュニケーション力学の発想が生まれ出てくる。豊富な人材だけではない、試行錯誤を通じたコミュニケーション技術の開発に対してつぎ込まれる金も半端ではない。期間も2年と限定されている。そして勝者がすべてを持っていく。まさにコミュニケーションのF1グランプリ・レースである。

そこからは、コミュニケーションの力を戦略実現のために“使い切る”という戦略コミュニケーションの発想が自ずと醸成される。コミュニケーションを人を動かす力と認識、戦略の実現を確実にするために、その力学をフルに最大化する発想である。

また、F1グランプリ・レースで培われた技術が量販車に転用されるように、選挙が終われば、選挙キャンペーンに参画してきた新たなコミュニケーション技術をもった多くの人材が民間や政府機関へと流出する。そしてそれが、アメリカ全体の戦略コミュニケーションの力の底上げにつながる構図となっている。

オバマの勝利を支えた新たなコミュニケーション手法、“共感とインターネット”

今年1月に就任したアメリカ大統領、バラク・オバマの選挙戦は、コミュニケーションの潜在力、爆発力を世界中に知らしめた。彼の支持者達の熱狂ぶりは、アメリカのメディアすら驚きをもって「オバマ現象(Obama Phenomenon)」と呼んだほどである。

オバマ陣営の勝因の一つは、有権者を説得するのではなく、共感を呼ぶ形式でのメッセージ発信に徹底した点である。

通常、政治家は、自分のプラス面や相手のマイナス面を具体的にアピールして選挙を有利に運ぼうとする。しかし、オバマはそこで、“Change(変化が必要)”と訴えた。そして、同時に、“Yes, we can.”「私たちならできる(一緒にやろう)」と訴えた。皆まで言わずとも、共和党のブッシュ政権に不満を持っていた多くの人にとって、この二つのメッセージが導き出す結論は一つ、「民主党オバマを応援する」である。このように共感から自然と生まれた結論は、自発的なのでとても強いうえ、具体的な行動にもつながりやすい。オバマ陣営には、選挙活動をサポートするボランティアが100万人もいたという。

さらにオバマは、インターネットも巧みに用いている。たとえば、サイトから献金を募るページでは、小口献金のみを募集し、暗黙に「企業献金は受けていない。どこかの団体の利益を代表した候補ではない」というメッセージを発信。有権者達の共感を呼び、参画意識を醸成した。これによりオバマ陣営は、献金者650万人、620億ドルを集めることに成功している。

また、携帯端末のiPhoneやブラックベリー用に「Obama Mobile」というアプリケーションを配布して支持者の囲い込み、拡大に役立てた。Obama Mobileには、端末内のアドレスを住んでいる州ごとにソートする機能があり、オバマ陣営からの「○○州の演説会に人を動員してほしい」といったメールでの指示に合わせてユーザーが人脈を活用できるようになっている。これによりオバマ陣営は「2日で5万人を集められる」といわれるほどの動員力を作り上げた。

人々は従来のように、劇場で政治家達の演劇を見る観客として選挙に参加したのではなかった。祭りで踊る人々のように、当事者として選挙戦を盛り上げたのである。

(続く)