政権交代のコミュニケーション力学4

(3から続く)

土俵をつくれない企業は生き残れない、選挙コミュニケーションから何を学ぶ

2つの政権交代、“劇場モード”から“祭りモード”へ

オバマは変化を求めるアメリカ国民の潜在意識を世論という形で顕在化させ、それによってアメリカが動いた。政治に無関心だったサイレント・マジョリテイーが動く。かつてない規模でアーテイストなどの著名人が動く。インターネットを通じて口コミが動く。さらには、国境を越えて海外も動く。オバマだけが、劇場で一人踊っているのではなく、皆がオバマと一緒に踊っている“オバマ祭り”の様を呈する。“CHANGE、YES, WE CAN”を合言葉に、まさに”祭り“モードで政権交代を実現する。従来の大統領選は”劇場モード“である。”劇場“の上で候補者たちが競演、それをマスメデイアが流す。国民の目を楽しませた演出をした者が選ばれるという構図であった。1960年、ケネデイー対ニクソンの大統領選が”劇場モード“の始まりと言える。大統領選でのテレビ討論が始まったのもこのときである。ケネデイーはニクソンとのテレビ討論に臨むにあたり、テレビ目線からのトレーニングを受けた。結果、このテレビ討論を機に国民の支持はケネデイー大きく傾く。「討論をラジオで聞いていた人は、ニクソンが勝ったと思い、テレビで討論を見ていた人はケネデイーが勝ったと思った」といった逸話が生まれる程にケネデイーの非言語も含めた演出に国民は魅了された。オバマがこの構図を変えた。

奇しくも、その後日本においても政権交代が実現する。アメリカ同様に変化を求める国民の潜在意識が世論となり、日本を動かした。オバマのように積極的な働きかけによって世論をつくるというものではなく、“敵失”によって世論がつくられてしまうという消極的なものではあったが、国民が当事者意識をもって投票したという意味では“祭り”モードによる政権交代である。これは大きな変化である。2005年郵政選挙は小泉劇場と揶揄されるように、まさに“劇場”モードである。国民はマスメデイアを通じて流れてくる“刺客騒動”に反応した。当事者意識というよりも、舞台で“覚悟”を演じる小泉純一郎の姿に魅了された。これからは“祭り”モードでなければ世論がつくりにくい時代になったことを今回の選挙は示唆している。

“祭り”で“空気”をつくる、そして“世論をつくる”、

選挙の世界だけではない。これからは“祭り”モードで“空気”をつくる、そして“世論”をつくることが企業にも求められてくる。新商品・サービスを売るにも、社員の帰属意識を高めるにも、株主・投資家の信頼を得るにも、当局の支持を確保するのも、政策や法案を変えてもらうのも、そして社会からのレピュテーション(評判)を上げるのも。あらゆる企業活動の中に、これからは“空気”をつくる、“世論”をつくることが必要になってくる。人々の意識や価値観はますます多様化する中で、いわゆる“常識”が消滅する。共通認識が細分化する。共通の土俵もなく“主張”するだけでは人は動かなくなる。空気をつくり、共通の土俵を設定、その上で“主張する”。結果として参画意識が醸成され、世論が創出する。そして、それをテコに人々を動かす。これが21世紀のコミュニケーション力学の趨勢である。

選挙コミュニケーションを原点にもつ3つのコミュニケーションの潮流

広告・宣伝・PRで消費者に直接“主張”する時代は終わった。インフルエンサーという第三者から間接的にメッセージを発信、消費者の間に“気づき”を起こし、説得ではなく、共感によって商品・サービスを買ってもらう。消費者との“対話”によって“空気をつくり、商品・サービスを売る時代になってきている。“空気”をつくり、消費者を囲い込むインフルエンサー・マーケテイングは選挙における世論の掘り起こしの手法をルーツにもつ。

「ブランドよりもレピュテーション(評判)が企業価値を決める」という考え方が今、急速に広がっている。レピュテーション(評判)という企業活動に対する世論の支持が事業戦略の実効性を上げ、企業価値を高めるという発想である。企業は商品やサービスをつくり、売っているだけではない。その過程で様々な経験、技術、ノウハウ、見識などの、いわゆる“知見”(Thought)もつくりだしている。これらの“知見”を提供、第三者といっしょに、その知見を深掘りし、社会的な課題解決に役立てる。その中で、企業に対するレピュテーション(評判)が生まれ、結果として事業拡大につながる。このソート・リーダーシップ・コミュニケーションが企業ブランデイングやCSRに代わって企業価値を上げるコミュニケーション手法として注目されている。

リーマン・ショック以降、政治や政府当局のビジネスへの関与度が高まっている。また、グローバル競争の主戦場が中国やインドなどの社会主義国に移りつつある中で、ビジネスを展開していく上で政治や政府当局との“対話”がますます求められてくる。政治や政府当局との“対話”には世論の支持が必要不可欠である。世論をテコに政治・政府との“対話”を推し進め、事業戦略実現をコミュニケーションの視点から後押しするパブリック・アフェアーズの分野が急速に伸びてきている。企業が政治や政府当局に“モノ申す”ことが身近な時代になる。

選挙はコミュニケーションの力の発揮が最も求められる”場“である。今後、2大政党制が定着する中で、政党のコミュニケーション力を競う”場“が国政選挙となる。政権が交代するごとに、新たなコミュニケーション力学が誕生する。その中から、様々なコミュニケーション技術が開発され、企業のコミュニケーション力につながる構図をもつことが日本のコミュニケーション力を高める。