米大統領スピーチライターに学ぶ非言語コミュニケーション(戦略コミュニケーションの温故知新* 第3回)

(前回はこちらから)

アメリカでコミュニケーションの仕事に携わることとなったが、やはり英語力が問われる。

帰国子女の範疇には入るが、小学校の時代のことである。しかもアメリカとかイギリスなど英語の本場ではなく、英国自治領アフリカのローデシアの英語を身につけた。しかも帰国後、英語を使う場に恵まれず、英語と言えば基本的には受験勉強である。大学生になってから交換留学などを通じて英語力の回復を図ったが、発音はともかく会話する感覚がなかなか戻ってこない。

ホンダ入社3年間は工場勤務だったため、逆に会話力は後退、これは何とかしなければと非常に焦っていた時期があった。そのため勤務終了後にアパートの一室でアメリカ大統領の音声テープつきの演説集を大統領になりきって繰り返し声を張上げながら暗記した。これが訪米してから役に立つ。メリハリのついた対話の基礎になった。これは非言語コミュニケーションでいう周辺言語力がついたのである。

周辺言語力とは話をする際の音の強弱、イントネーションの違い、次の文章を話し出すまでの間合いなどである。単語を連ねただけでは、こちらの伝えたいことの半分も伝わらない。

怖いのは誤解、勘違いされることである。音の強弱やイントネーション、間合いをうまく使うことによってこちらの伝達力が飛躍的に上がる。

アメリカ大統領の演説集は実によくできている。スピーチライターはコミュニケーションのプロフェッショナル最高峰に位置する。

一流のスピーチライターを頼むと一本のスピーチに数百万から一千万円ぐらいの請求されることもある。日本では考えられない世界である。それだけコミュニケーションの重要さがアメリカでは認識されている。

大統領の演説は一流のスピーチライターが工夫に工夫を重ねた作品である。そこには、相手にこちらのメッセージを正確に伝えるための熟練された技術の集大成が内包されている。

英語力の後退を防ごうと苦肉の策で始めた演説集の音読ではあったが、そこに仕込まれたコミュニケーション伝達の技を無意識のうちに触れることができたのが、後々大きく役に立った。

*「戦略コミュニケーションの温故知新」。このシリーズでは一度、原点回帰という意味で私のコミュニケーションの系譜を振り返り、整理し、そこから新たな発想を得ることが狙いです。コミュニケーションの妙なるところが伝えられれば幸いだと考えます。

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一
フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

twitterアカウント:@ShinTanaka