戦略コミュニケーションの発想の原点:人類最古の兵法書「孫子」(1)
なぜ「孫子」?
戦略コミュニケーションの発想を過去の文献に求めると、世界最古の兵法書である「孫子」に行きつく。なぜコミュニケーションが兵法書とつながるのか。「孫子」第3章の謀攻篇で
百戦百勝は善の善なる者に非(あら)ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。
と書かれている。つまり百回戦って百回勝っても最善の戦いではない。戦う前に敵を“屈する”ことが最善の戦いであると言う訳である。
兵法書が“戦うな!”と言っているのである。
これは面白い。この兵法書を読み込んでいくと、孫子の神髄はまさに“戦わずして勝つ”ということが分かる。
孫子と並ぶ兵法書としてクラウズウィッツの「戦争論」が有名である。クラウズウィッツはナポレオンと戦ったプロシア軍の司令参謀である。東の「孫子」に対して西の「戦争論」と評価されている兵法書である。この書を読むと、やはり兵法書である。最終的に勝利を掴むにはやはり軍事力の投入が必要であると説く。戦争の理論としては当然なことである。
ところが「孫子」は違う。軍事力の使用を嫌う。最大限、回避しようとする。ではどうやって敵に勝つのかというと、どうやらコミュニケーションの力学をフル活用している。戦略コミュニケーション流に言うならばあらゆる方法で敵の意識にメッセージを打ち込み、意識を破壊する、また、敵が撃ってきたメッセージを迎撃し、味方の意識を守ると言った“カラクリ”をきめ細かく説いている。
戦うための知略(戦略)としてコミュニケーションを説いているのである。この本は戦略コミュニケーションの原論といっても過言ではない。コミュニケーションの世界に身を置く者として、「孫子」ほど読み解き甲斐のある古典は珍しい。行間を読めば読むほど、戦略コミュニケーションの発想が湧いてくる。
ホンダの戦争
確か「孫子」を初めて読んだのは、1985年ごろと記億している。ニューヨークの紀伊国屋で買ったのを覚えている。その当時、アメリカのホンダのデトロイト事務所代表という立場にいた。仕事はアメリカの世論をどうやってホンダの味方につけるかである。
1980年代当時の日米関係はかなり“ギクシャク”していた。その象徴が“自動車”である。70年代に世界的に起こった石油ショック(原油価格高騰)によって、燃費のよい日本の自動車はアメリカ市場を席巻、大きな通商問題になっていた。それが反日感情に火をつけ、開戦前夜の様子を呈していた。
トヨタのカローラやホンダのシビックが石油をかけられ、デトロイトの街中で火あぶりの刑に処せられるほどであった。とくにホンダはトヨタや日産に先駆けアメリカでの生産、開発体制を急ピッチに推進していた。そのため、ホンダを潰せば、日本勢を潰せるという訳で、すべての攻めの矛先がホンダに向けられた。
“敵”はGM、フォード、クライスラーのビッグ3と米国自動車労働組合(UAW)である。
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