自分をポジショニング(POSITIONING)する ~もう一つの要、分限を知る~

一方で福沢諭吉は“分限を知る”ことの重要さも強調する。

「学問をするには分限を知ること肝要なり。人の天然生れ附き、繋がれず縛られず、一人前の男は男、一人前の女は女にて、自由自在なる者なれども、ただ自由自在とのみ唱えて分限を知らざれば我儘放蕩に陥ること多し。即ちその分限とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをなさずして我一身の自由を達することなり。」

自分のポジショニングをするにしても、“分限を知る”ことが肝要だと福沢諭吉は主張する。“分限を知る”とはコミュニケーション流に解釈すると“人の妨げにならないように空気を読む!”ということである。“人の妨げにならない”とは一言で言うと“人の反発を招くな!”ということか。

ポジショニングとは周りに対して、自分の貢献を認識してもらうためにメッセージを発信していく行為でもある。その際、発信したメッセージが誤解されたり、曲解されるのを回避することが望ましい。どのようなメッセージが周りに伝わってしまったのか、あるいは伝わるのかをしっかりと読むことが不要な反発を回避する最も重要な手立てとなる。

福沢諭吉の言葉である「天の道理に基づき」とは、自分の発信しているメッセージが論理的にも、倫理的にも周りから理解されることが重要であり、「情に従い」とは、感情的にも共感される工夫が必要であると理解することができる。そう解釈すると福沢諭吉の“分限を知る”という言葉の意味もその輪郭が少し見えてくる。

妬み、羨み、嫉みと特に人の感情は厄介である。「理屈では貢献していることは分かるが、感情的には許せない」といったことは日常茶飯事、よく聞くところである。福沢諭吉も「人間とは三分の理と7分の感情の混合物」と人の感情に対して慎重であるべきことを説いている。不要な感情的な反発がポジショニングをつくる上で最も回避すべきことなのかもしれない。

どのように不要な反発を回避するかという点を考えた時、メデイア・トレーニングで教える極意のひとつが参考になる。その極意とは“取材を受ける際、意識しなければならない3つの事柄”である。

1. まず、こちらの意図を伝えたい“本当の相手”は誰かをはっきりと意識する。
2. 次に、伝えたい“メッセージ”を意識する。
3. そして最後に、“本当の相手”以外に、“他に気にしなければならない相手”を意識する。

取材で話したことはテレビ報道、記事掲載などを通じて一般の視聴者や読者に伝わる。伝えたい“本当の相手”以外にもメッセージは伝わってしまう。よって取材の際は、誰にどのようなメッセージを伝えたいのかを意識すると同時に、そのメッセージが伝わると都合が悪いという相手も意識することが肝要となる。

よく取材記者を“本当の相手”として勘違いする場合が多い。しかし、本当に伝えたい相手は目の前にいる記者ではなく、その記者が報道する記事に接する視聴者であり、読者である。さらには、視聴者や読者の中に、メッセージを伝えたい相手とメッセージが伝わると“微妙”な相手とがいる。このように目の前にいない相手を意識することが、取材の際の“失言”回避に大いに役立つ。

目の前にいない相手を意識することは、日常の会話の中でも重要なことである。目の前にいる相手に話したことが、別の相手に伝わり、その相手のひんしゅくを買うこということがよくある。結果、様々な不協和音が周りから起こりポジショニングを邪魔する。

要は“空気を読む”、つまり“どのようなメッセージが周りに伝わってしまったのか、伝わるのかをしっかりと読む”、そして不要な反発を回避する。これがコミュニケーションの視点からの“分限を知る”ことの解釈である。

つづく