“したたかな”コミュニケーション

企業の対話力

今、企業の対話力が注目されています。企業の対話力の是非が事業の成否に大きく影響するからです。企業の対話力とは何なのかを皆さんと一緒に考えていきたいという思いを今回、セミナーという形で実現させて頂きました。今後は、このようなセミナーを定期的に行い、企業の対話力というものを多くの方々と一緒に考えたいと思っています。

始めるにあたって、私の方から少し今回のセミナーの基本的な考え方について述べさせていただきたいと思います。

“したたかな”企業活動の裏には“したたかな”コミュニケーションがあります。企業が“したたか”に事業活動を行っていくためにはどのようなコミュニケーションが求められるのかを考えていくのが本日のメイン・テーマです。

キーワードは“したたかさ”です。

ブランド「BRAND」からレピュテーション「REPUTATION」

今、コミュニケーションの世界ではブランドからレピュテーションへのシフトが始まっています。ブランドよりもレピュテーションの方が企業価値に大きく影響するからです。
ブランドとレピュテーション何が違うのでしょうか?ブランド構築とは、「期待のないところに期待をつくる」作業です。レピュテーション構築とは「すでにある期待を適正レベルにコントロールする」作業です。期待が小さすぎても、大きすぎてもダメです。いずれも事業活動に支障をきたします。

この背景にはソーシャル・メデイアの発達があります。企業活動は様々なメッセージを発信しています。時には内部告発ということで企業の「不都合な真実」も外に出てしまいます。言い方は悪いですが、「メッセージを垂れ流ししている」ということです。その垂れ流されたメッセージがマスメデイアだけでなく、ソーシャル・メデイアを通じて世界に流れ出ていく。そして企業に対する“期待”、期待と裏腹の関係にある“失望”をつくり出します。その“期待”や“失望”が“レピュテーション”となって企業の事業活動に影響します。
期待をつくるよりも期待をコントロールすることがますます求められてきているわけです。

“したたかな”コミュニケーション=戦略コミュニケーションの発想を持つ

周りからレッテルを貼られる時代、企業に必要とされるのが“したたかな”コミュニケーションです。フライシュマン・ヒラード流に表現すれば戦略コミュニケーションの発想を持つということです。
戦略コミュニケーションとはコミュニケーション力を企業の事業戦略実現をはかるためにどう使い切るかという発想です。PR、広告・宣伝、マルコム、インターナル・コミュニケーション、IR、CSR、渉外、調査、お客様相談など企業は様々なコミュニケーションを行っています。それらをバラバラにとらえるのではなく、個々の垣根にとらわれず、とにかく企業のもつすべてのコミュニケーション・パワーを事業戦略の実現のために集中させる発想です。

戦略コミュニケーションの3つの発想

戦略コミュニケーションには3つの基本的な発想があります。

1.空気を読む=期待を読む
空気を読む。空気を読むとは相手のメッセージを読み取ることではありません。自分がどのようなメッセージを相手に伝えてしまったのかを読むことです。
自分が発信していると思っているメッセージはメッセージではありません。相手に伝わったものがメッセージです。
自分がどのような見られ方をされているのか、どのような期待を持たれているのか、どのような評判になっているのか、これらを読み取る力です。企業にもこの空気を読む力が求められてきています。
空気とは期待です。その期待が読めなければ、それをコントロールすることもできません。
最近の“空気が読めなかった”例はトヨタのリコールのケースです。トヨタが周りの期待を読めなかったことが一部起因しています。トヨタは日本を代表する世界ブランドです。周りからの大きな期待によって支えられています。そこに事件がおこると、当然ながら「トヨタだったらこのぐらいのことはするだろう」という期待が生まれます。トヨタはその期待に応えるメッセージを伝えることができなかった。期待に応えられなければ、大きな期待は大きな失望にかわり、企業を襲ってきます。
同じことが民主党政権にも言えます。大きな国民の期待を背負って民主党は政権交代を果たしました。本来であれば、高まり過ぎた期待をコントロールするこが求められていたのに、逆に期待をさらに上げてしまうようなメッセージを出してしまいました。「普天間移設は県外」という鳩山発言はその最たるものです。

2.空気をつくる=受け皿をつくる
空気をつくる。今、メッセージを出すことが非常に危険な時代になってきています。自分の出したメッセージは99%誤解されるか、曲解されるかという世界です。このような時代はまず、メッセージの“受け皿”をきちんとつくった上で、こちらのメッセージを出すことが重要になってきます。これが空気をつくるということです。
2008年のアメリカ大統領選挙でオバマが実践したコミュニケーション戦略が例として挙げられます。オバマは“Change、アメリカは変わらなければならない”という認識をまず浸透させ、国民の意識の中に“受け皿“をつくります。インターネットがここまで普及していたからこそできたことです。その受け皿をしっかりつくった上で、オバマのメッセージを発信します。
この”受け皿“あったおかげでオバマは価値観の多様化が進んでいるアメリカで多くの支持をとりつけました。Changeという共通認識なしに初めから自分のメッセージだけを出していたらあれほどの支持は得られなかったでしょう。
これからの企業のメッセージ発信のあり方はまず、受け皿をつくってからメッセージを出すという“慎重さ”が求められてきます。

3.立ち位置をつくる=知見でリーダーシップを確立する: Thought Leadership
立ち位置をつくる。空気を読み、空気をつくる、そしてその上に立ち位置をつくるという発想です。企業の明確な立ち位置をつくることがグローバル競争に勝ち抜くための条件になってきています。
企業の立ち位置をつくる最先端な手法がソート・リーダーシップです。あらゆる企業活動はその事業領域を越えて社会に様々なインパクトを与えています。ソート・リーダーシップとは企業が影響を与えている社会的領域を見極め、そこに社会的な課題を設定、リーダーシップを発揮してその課題解決に貢献するプログラムのことです。課題解決にはお金ではなく、その企業のソート、知見を使います。
企業は製品やサービスをつくって提供するだけではありません。その過程で様々な経験、知識、ノウハウ、ネットワーク、技術が生まれ、これらが企業のソート、いわゆる“知見”です。この知見を使って、社会的な課題解決にリーダシップを発揮する、結果としてビジネス拡大につながる。
従来のCSRの発想は「まず儲ける。儲けた金の一部を社会貢献に使う」といったものです。それに対してソート・リーダーシップは「まず社会に貢献する、結果として儲かる」。この発想です。日本的です。
日本のグローバル企業を創ってきた松下幸之助や本田宗一郎などのリーダーたちは、間違いなく持っていた発想です。この企業の立ち位置が強い企業のレピュテーションを築き、企業を強くするだけでなく、企業を守ります。IBMの“スマータープラネット”などは、このソート・リーダーシップのはしりです。

嫌われないコミュニケーション

戦略コミュニケーションの基本的な発想について話をさせていただきましたが、大事なことは“したたかに”なるということです。“したたかな事業戦略”の裏には必ず“したたかな”コミュニケーションがあります。
これから求められる“したたかな”コミュニケーションとはなんでしょう。一言で表現するならば“嫌われないコミュニケーション”を心掛けることだと言えます。なぜなら今“嫌われるリスク”が高まってきているからです。

先月、香港でフライシュマン・ヒラードのアジア・パシフィック代表者会議が行われました。36人のアジア・パシフィックの代表が集まって意見交換をする場です。関心はやはり中国。とくに尖閣諸島の問題です。36人とも各国を代表する戦略コミュニケーションの“プロ”達です。彼らが異口同音に言ったことは尖閣諸島の問題では「日本はうまくやったね」ということでした。
中国の脅威が鮮明になる一方、日本への同情が高まったというのが彼らの共通の認識でした。日露戦争のとき、日本に対する国際的な同情を集め、日本への支持につながった話と重なりました。今回と日露戦争の時との大きな違いは、当時の日本には“したたかさ”がありました。当時の国際社会は勝手に日本に同情したわけではありません。日本が仕掛けたのです。
日本は海外での国債の発行で戦費をまかなうことが必要で、国際社会からの支持獲得が不可欠でした。今回の尖閣諸島の問題では、日本が上手くやったというよりは、日本に“神風”が吹いたということだと思います。しかしながら、日本は「嫌われなかった」。「日本は弱い」という印象を与えたのは事実ですが日本には“実害はなかった”。
一方、中国には“実害があった”。世界から“嫌われた”ことです。その結果、世界中で中国に対する風あたりが強烈なほど強くなり、中国の資源外交や中国企業の世界進出に大きな支障をきたし始めたのです。
中国がこの状況に慌てだした兆侯が明らかになったのが10月のアジア欧州会議(ASEM)での非公式な“日中廊下首脳会談”の時です。それをピークに中国の“強硬姿勢”は弱まってきます。上海万博最終日に温家宝首相が日本人の「万博おばちゃん」について言及するまでにそのトーンは弱まっています。
YouTubeに中国漁船衝突のビデオ映像が流れても、日本に対して冷静な姿勢を示しています。これからのコミュニケーションの基本は“嫌われないこと”です。“好かれよう”などとは思わないことです。“好かれよう”と思うとついついメッセージが強くなる。それは必ず反発を生みます。逆に過剰な期待をつくり出すこともあります。その場合は“期待はずれ”が命取りになり、結果として“嫌われる”ことになります。

これからの企業は“嫌われない”コミュニケーション心掛けることによって“したたかさ”を発揮することが求められてきます。
本日のセミナーの内容の根底に流れているのが戦略コミュニケーションの発想です。企業が“したたかに”対話していく上では、必要不可欠な発想です。
今日のセミナーを、皆様が戦略コミュニケーションの発想を考える一つの起点として考えて頂ければ、これほどうれしいことはありません。これから6時まで長いようですが、内容を考えると短い時間ですが、大いに楽しんで頂ければと思います。ありがとうございました。

2010年11月16日(火)「SRM®2010 ソーシャルウェブ時代の最新レピュテーション・マネージメント事情」冒頭挨拶より