“覚悟”を伝えるための方程式と3つの行動(後編)(戦略コミュニケーションで斬る*第5回)

前回からのつづき)

下手な弁解や主張をすれば、“逃げている”という印象を与え、世論の批判はさらに加速度を増して企業を追っかけてくる。

企業トップが、そして企業全体がその覚悟をどれだけ“行動”で示せるかがクライシスを乗り切るための要である。それには基本的に3つの“行動”が求められる。

①まず、クライシスによって生じた被害の更なる拡大を抑えることを最優先することである

生じてしまった被害への手当ても重要であるが、そこに気を捉えられ過ぎて新たな被害の発生を防止できず、被害者を増やす結果になる。また、被害の拡大を抑えることが企業利益の観点から矛盾する事態も起こる。例えば、まだ事故の原因が判明していない段階で流通した全商品を回収するなどは企業に経済的に莫大な損失を与える。

経営トップはクライシス対応と企業利益のどちらを優先するのかの判断に迫られる。企業利益を優先、未然防止の対応が不十分で、仮に被害が拡大すれば回避しようとした経済的損失より遥かに大きな様々な損害を企業は被ることになる。経営陣の交代、ブランド価値の毀損、社会的評価の崩壊、社員の帰属意識の低下、販売の減少、当局からの調査などである。クライシスに対する経営トップの“覚悟”の程が試される。

②次は社内の危機意識の醸成である。これによって、社員のひとりひとりにクライシスに対する当時者意識を植え付け、それぞれの持ち場でしっかりと対応することができるようになる。組織全体のクライシスに対する感度が飛躍的に高まる。結果として新たなクライシスの連鎖を防ぎ、その終息を加速化する。企業のステークホルダーとの接点は社員が担っている。そこに当事者としての危機意識が醸成されれば、周りにしっかりとそれが伝わる。社内の覚悟が伝わってくる。

③最後は、クライシスを一刻でも早く終息させるために様々なステークホルダーの協力を取り付けることである。クライシスの内容が深刻であればあるほど企業だけの単独の対応では限界がある。企業のあらゆるステークホルダーに協力を呼びかけ、クライシスの終息をはかる姿勢を示すことは重要である。クライシスを一刻も終息させるためには、社員に限らず、顧客、流通チャネル網、下請け企業などの取引先、監督官庁、自治体、警察などの当局、地域住民、社員の家族などより幅広いステークホルダーへの協力の取り付けることが肝要である。クライシスに対する企業のリーダーシップを発揮することが企業の覚悟を示すことになる。

これらの3つの行動をとる際に従うべきひとつの原則がある。覚悟を示すための方程式である。

それは“他に痛みを求める前に、まず自らが痛みを感受する”という原則である。これがないと“覚悟”は伝わらない。これが覚悟を示すための序曲である。覚悟を示す最高責任者は経営トップである。その進退をかけ、自分の利害を省みない姿勢、企業利益に引きずられない判断力、競争相手も含むあらゆるステークホルダーに協力を呼びかける勇気など、これらの要素が経営トップの覚悟をメッセージとして伝える。日本の政治は今クライシス・ステージに入っている。

国民は政治から“覚悟”を求めている。

政治が“覚悟”を国民に示さない限り、被害者意識を国民は持ち続ける。与党も野党もその“覚悟”を国民に伝え、政治に対する当事者意識を醸成することが使命である。

*「戦略コミュニケーションで斬る」。このシリーズでは、様々な時事的な事象を捉えて、戦略コミュニケーションの視点から分析、戦略コミュニケーションの発想から世の中を見ていきます。(前回の「戦略コミュニケーションで斬る」はこちらから)

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一
フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

☆twitterアカウント:@ShinTanaka