日本のリーダーの対話力をダメにしている4つのポイント(孫子を実践的に読み解き直す3)

何故、日本のリーダーの対話力は概して低いのか。4つの理由がある。

(1)そもそもコミュニケーションを力として認識していない。

コミュニケーションというと意思疎通を図る、情報共有する、仲良くするなどその事象面での理解で留まっている。飲みニュニケーションなる言葉が使われているぐらいである。

コミュニケーションを事象面で理解するのではなく、その目的から考えれば、コミュニケーションはスバリ「人を動かすパワー」である。この認識は比較的世界の常識になっている。

日本だけがコミュニケーションを力として認識することが希薄なのである。

欧米の企業エリートなどと対話していると、日本の企業人に比べて一言一言が計算し尽くされている事を痛感する。無駄がない、その発する言葉に必ずメッセージが秘められている、対話の目的を十分意識して話している、まさにコミュニケーションをビジネス遂行のパワーとして認識している。

対話とはコミュニケーション力の行使なのである。

(2)対話力を個人のレベルでとらえている。

組織の対話力という発想が日本のリーダーにはない。

リーダーとしての対話力の延長線上には、必ずそのリーダーが率いる企業の対話力がある。ここのところが日本企業人は甘い。企業の対話力とは、その企業の存亡に大きく左右する様々なステークホルダー(利害関係者)を対話で動かす力である。

これから先進国経済では企業創造以上に企業再生が注目されてくる。既に存在する企業を再生した方が、新たに企業を創造するよりも経済活性化の効率が圧倒的に高い。米国では連邦倒産法チャプター11(イレブン)を適用、力強く再生した企業は沢山ある。これが米国の経済の活性化に大きく貢献している。

最近の例では世界最大の自動車メーカーであるGMは5年程で再生に成功した。日本でも2年程でスピード再生に成功した日本航空が今、注目されている。その他にも、東電、ルネサス、エルピーダなど大型の企業再生が目白押し。企業再生の場合、企業の対話力が最も問われる。

投資家には債権放棄、社員にはリストラ、賃金カット、顧客には商品・サービスの停止、更には公的資金を投入する場合は政府、世論への説明責任など、様々な利害関係者との対話が必要とされる。企業の対話力の是非が問われるのである。

(3)日本人は対話が下手だと思い込んでいる。

日本人はコミュニケーション音痴だと自虐的に思っているリーダーが結構多い。

ところが、今、日本流のコミュニケーションが見直されてきている。欧米のコミュニケーションの源流はアリストテレスの著書「弁術論」の中に見て取れる。その本質は二元論である。是非の論理である。こちらが「是」で相手が「非」。言い方を変えれば、こちらが正しく、相手が間違っているという前提で、相手を様々なやり方で説得する。まさにデイベート(debate)の世界である。

しかしながら、この二元論、是非論のやり方が、世界で通用しなくなってきている。世界の多極化、価値観の多様化、利害の多元化のためである。一方的な考え方、価値観、利害では説得できなくなってきている。それが様々な対立を生んでいる。このような世界では説得されるよりも納得するコミュニケーションのあり方が求められてくる。ここに日本人のコミュニケーションが注目される背景がある。

日本人ほどに多様性に寛大な民族は世界に稀である。日本には八百万の神(やおよろずのかみ)がこの小さな島国のなかで仲良く寄り添って存在するぐらい多様で異質なものを受け入れる精神的土壌がある。明治維新の時も、太平洋戦争後も、日本人は多くのものを海外から取り入れ、奇跡的な発展を遂げてきた。

この精神的土壌が相手を完全に否定せず、是非で割り切らず、相手の視点にも立って落とし所を探るという柔軟性のあるコミュニケーションを生む。今までは、この柔軟性がハッキリしないとか、不明瞭だとか、YesかNoかわからないという批判にさらされてきた。

(4)日本人が持つ特有な非言語対話の妙力、凄さを認識していない。

日本は長い時間をかけて孤島の中で独自に優れた非言語対話の手法と感覚を培ってきた。阿吽の呼吸によって対話し合える手法である。気遣い、心配り、おもてなしなど言葉による表現を借りずに相手の気持ちを読み取り、先取りし、理解、共感、信頼を創り上げる日本人独自の感覚である。

KY(空気読めない!)という流行り言葉も「周りの意図を読み取れ」という日本人の意識の底流にある本音から出たものである。この独特な非言語対話力では日本は世界を圧倒する。日本のリーダーの対話力を支える大きな強みである。問題は日本のリーダーこの認識が薄い、強みとしての認識していないことである。世界では通用しないと勝手に思い違いしている。弱点だとさえ思い込んでいる節もある。

孫子は「相手を動かす」という一点にこだわった兵法書である。
「人を動かす」、「組織で動かす」、「違いで動かす」という基本的な考え方が孫子が説く戦いの原理原則の底流にはある。

それは言い換えると、コミュニケーションを人を動かす力として認識すること、しかも、それを個人レベルに止めず組織としてのコミュニケーションの力を考えること、更には違いを活かすことによってコミュニケーションにレバレッジを掛る発想なのである。