(コラム)戦うコミュニケーションの発想の原点、世界最古の兵書「孫子」5:計篇(その二)
「五事七計」の妙力、「天」と「地」とは?
いつ戦うか、どこで戦うか、によって戦いの勝敗は大きく左右される。どのタイミングで、どこで戦うのが一番有利かをあらかじめ想定することは戦いの勝率を上げるためには不可欠である。ここで言う「天」とは「陰陽・寒暑・時制なり。順逆・兵勝なり。」とある。
「陰陽」は日かげと日なた、「寒暑」は気温の寒い暑い、「時制」は四季の推移、「順逆・兵勝なり」とは天の動きに従順な兵は勝つ、天の動きに従順でない兵は負けるといった意味らしい。要は戦いにおけるタイミングの重要性を説いている。「孫子」の中ではあくまで自然現象の移り変わりの中で最も戦うに適切なタイミングを謀ることを述べているが、必ずしも、自然現象に限定する必要はない。現代社会では人為的な現象の移り変わりの方が事業の遂行に大きく影響してくる。経済、政治、社会動向などが激しく変化する中で事業遂行という“総力戦”に打って出るタイミングをどう謀るかは重要課題である。特に様々な社会事象の変化は人々の意識に影響する。人の意識は移り変わるため、同じメッセージでもタイミングが違うと異なった意味合いでメッセージが伝わってしまう。ステークホルダーの意識の推移をしっかりと把握する。そして発信するメッセージがどのような意味合いで受け取られるかを綿密に確認する。これが事業遂行のタイミングを謀る上で重要なポイントとなる。
「地」とは「高下・広狭・遠近・険易・死生なり。」とある。「高下」は地形の高い低い、「広狭」は戦場の広い狭い、「遠近」は距離の遠い近い、「険易」は地形の険しさ平易さ、「死生」は軍を敗死させる地勢と生存させる地勢とある。要は戦場におけるポジショニングの重要性を説いている。「孫子」の中では戦場の地形の中で戦いに有利な位置(ポジションイング)をまず確保することの重要性を述べている。それは単に地理的優位性を確保するということにとどまらず、戦場における地理的な位置が将兵の意識に大きく影響することを計算、それを活用するといった発想もある。「背水の陣」という戦法がある。川に背を向けて敵と対陣する戦法である。この戦法では地理的優位性を求めていない。背後が水ということで、将兵の逃げ道をあえて塞ぐことによって将兵の覚悟を促し、戦意を高める戦法である。地理的な状況を活用、将兵の意識を戦いに追い込む工夫である。
“世論”という地形、世論支持の確保と形成を仕掛けよ!
現代社会においては“世論”という“地形”が事業遂行に大きく影響を及ぼす。あらゆる事業は大なり小なり、この“世論”の影響を受ける。“世論”の支持なしには事業実現は難しくなってきている。“世論”の支持を得られるように事業をポジショニングすることが極めて重要に成ってきた。また、世論の支持を確保するだけでなく、世論形成を逆に仕掛けることによって、事業実現のスピードに加速をつける。すなわち“世論”を利用して事業実現のためにステークホルダーの意識と行動を動かす。“世論”とは一種の社会的な思い込みである。国論のような大きなものもあれば、井戸端会議で生まれてくるような口コミ世論もある。特にインターネットの普及によって、従来のようにマスコミを通じない世論形成が身近なところで竜巻のように日常茶飯事に起こっている。世論とはある視点や想い、感情に対する一種の“思い込み”のような顕在化した集合意識である。英語ではPublic Opinionと表現されている。一方でまだ顕在化されていない集合意識もある。はっきりとした視点、想い、感情ではないが、潜在的に何かを“感じている”という意識である。これから顕在する可能性をもった世論の予備軍である。広義な意味で“世論”に加えてもよい。この広義の“世論”が様々に生起して一種の社会的な集合意識の地形(意識マップ)のようなものを形成する。顕在化したもの、潜在化しているもの、広く行き渡ったもの、限定されたもの、身近でないもの、身近なもの、乗り越えがたいもの、乗り越え易いものというようにその形状は様々である。この社会的な集合意識の地形の形状を把握した上で、“世論”の支持を得られる優位性のあるポジショニングを綿密に謀る。また必要に応じて“世論”を創り出す。“世論”支持の確保と形成を仕掛ける。“世論”のレバレッジを効かせて事業遂行のために多様なステークホルダーを動かす。戦略コミュニケーションの発想である。
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