職業選択の自由 ~立ち位置をどうつくる~

「学問のすすめ」は“立ち位置”の重要性を説いた日本で初めての指南書である。

明治になってから人々は士農工商という身分制度に縛られずに自分の職業を自由に選べるようになった。それまでは士農工商という身分制度の中で職業とは“選択するもの”ではなく、“与えられるもの”であった。武士の家に生まれれば武士、農民の家に生まれれば農民というように天から与えられる、いわゆる“天職”のようなものであった。

ところが、明治の文明開化が持ち込んだこの「職業選択の自由」という考え方は、一見ありがたいことのように聞こえるが、その“自由”は限定的である。複数の選択肢がすでに与えられているという前提条件がつく。その中から選べるという範囲での自由なのである。

例えるならば、就職活動で内定がどこからも出ていないのに、就職先を自由に選択することなどできない。つまり、自分がまず“選択される”ことが必要条件になる。

「職業選択の自由」とは選ぶ前に、まず選ばれることが必要なのである。

今春、10万人以上の大学卒業者が職に就けなかった。職業選択の自由と言っても、会社から選択されないかぎり職業の選択の自由はないのである。

明治の文明開化という時代は、多くの人々がどうやって選ばれ、職を見つけるかということに躍起になった時代でもあった。今の新卒の就職戦線のような様相を呈していたと言える。そこでは、身分制度によって“職を与えられる”のではなく、自分が選ばれるような立ち位置をつくることによって“職に選ばれる”ことを模索することを余儀なくされる事態であった。

選ばれる“立ち位置”とは何か。

よく立ち位置とは“主張”であると勘違いしている人が多い。自分の立ち位置をつくるとは、自分の立場を主張することだと思っている。自己視点からの発想である。しかしながら、立ち位置をつくるとは、相手や周囲に主張するのではなく、相手や周囲の主張を聞くところから出発する。その中で、相手や周囲に対して自分がどこで“役に立つ”ことができるかを模索、実際に役に立つということを認めてもらうことなのである。相手視点からの発想である。

それによって、職場であれ、サークルであれ、周囲に対する“貢献”を通じ、自分が拠って立つ“場所”が見つかる。それが結果として、周囲から“選ばれる”ことにつながる。貢献する人材をまわりがほっておかない。

立ち位置をつくるとは、言い方を変えると、まわりと意味ある関係性をどうつくり込んでいくかということでもある。

明治の文明開化の中にいた人々は、身分制度の縛りやしがらみがなくなった分、自らの意思と責任において積極的に人々や社会とかかわり、関係性を再構築していくことを半ば強制的に強いられた。身分関係ではない、新たな関係性の中で、職業を見つけることが喫緊の課題であった。

しかしながら、それは決して楽なことではなかった。近代社会とは、ある意味で“関係性のジャングル”のような世界である。さまざまな利害関係が交差する中で、まわりとの関係性を築いて自分の立ち位置を強かに築くことが求められる。そのため、多くの人々が、関係性を築くこと、その立ち位置をつくることに“悩む”ことになる。この“悩める”人々に対して勇気を与え、関係性の再構築を前向きに捉え、激動の文明開化の時代をどう生き抜くかを指南した啓発の書が福沢諭吉の「学問のすすめ」である。

つづく