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Author: Taku Shinohara
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田中愼一が登壇したパネルディスカッション「リーダーに必要な『心構え』『判断軸』『仕事観』」のビデオが公開されました
August 6, 2018
6月24日に開催されたG1新世代リーダー・サミット2018第4部全体会「G1-U40へのメッセージ」にて「人を動かすリーダーに必要なもの」に田中愼一が参加させていただきました。 第一線でご活躍されているリーダーの皆様とのコラボレーションを是非ご確認ください。 パネリスト 星野 佳路 星野リゾート 代表 森 まさこ 参議院議員 田中 愼一 フライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社 代表取締役社長/グロービス経営大学院 教員 モデレーター 高岡 美緒 株式会社メディカルノート 取締役 事業開発・人事広報部門・コーポレート部門管掌 Arbor Ventures パートナー リーダーに必要な「心構え」「判断軸」「仕事観」とは?~田中愼一×星野佳路×森まさこ×高岡美緒...
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人生100年の時代、どう「強かに」変身し続けるか ~戦略コミュニケーションの視座~
June 5, 2018
自分に毎日語り聞かせるストーリーを持つ 「ライフ・シフト」100年時代の人生戦略という本がある。少子高齢化の最先端を行く日本では話題になった本である。 これまでは多くの人々が「教育→仕事→引退」というシンプルな生き方がひとつの常識だったが、長寿化によってより“マルチ・ステージ”の中で人生のライフ・モデルを模索する時代になる。 仮に60歳で会社を引退しても、残りの40年をどう生きるかは高齢者だけの問題はない。人生100年の時代を生きる全ての世代に共通する課題である。そこではそのステージごとに「変身」を続け、「強かな立ち位置」を作っていくことが必要となる。 それは人生のストーリーを絶えず書き換え進化させることを意味する。 ストーリーは人に語るものではない。自分に毎日語り聞かせるものである。それが自分に元気と活力を与え、行動を喚起させるのである。行動こそ状況を動かす最大の表現である。自分が行動しない限り周りは動かない。 自分のストーリーを持つことによって行動という表現力を持つことが結果として、マルチ・ステージにおいて十分耐え得る立ち位置をつくる。禅の言葉である「融通無限自由自在、随所に主となれば立処皆真なり」という境地に近づく。 知識の過剰摂取は足かせになる。右脳を鍛える 最近、このライフ・シフトを実現させるための中高年向け研修が流行っていて、多くの企業がその導入に動いている。この風潮は「働き方改革」推進という枠の中でますます強まっていく。この手のものが今後たくさん出てくる。 しかしながら、多くの研修が知識習得型のものになっている。左脳偏重の内容になっている。絶えず、新たなステージで自分の立ち位置をつくるものは「知識」ではない。AIがどんどん広がっていく世界では知識は陳腐化する対象でしかない。 強かな立ち位置で変身し続ける 立ち位置をつくる時に最も求められるのが精神的エネルギーである。平たく言えば、“元気”を得ることである。知識をどんなに積み上げても“元気”は出てこない。逆に知識の過剰摂取は、感受性を弱体化させ、立ち位置をつくる上で最も重要な感覚する力=受信力を弱める。“元気”を減退させるのである。 人生の新たなステージ開拓にはそれ相応の精神的的エネルギーを必要とする。自分の“元気”をどうこれから確保していくかが勝負になる。ところが、人間は歳をとるに従い身体的能力が低下する。厄介なのは、身体の衰えは精神的エネルギーの供給にも影響する。 個人差はあるが一般的に60代の大台に乗ると精神的エネルギーの減退は加速する。ここをどう乗り越えるかがライフ・シフトにとって最大の壁である。42キロを走るフルマラソンではよく“心が折れる” ということが起きる。これは身体の限界が精神的エネルギーの供給をも止めてしまう現象である。ところが、70代、80代になっても旺盛さを失わないビジネス・リーダーは多い。これらのリーダー達に共通するものは、仕事や人生のステージごとに強かに変身し続けることを可能にする精神的エネルギーを十分確保していることである。 強かな精神性を支える「生」と「死」のハイブリッド・エンジンを持つ 何故、彼らは変身し続ける元気とエネルギーを確保しているのか。 ひとつ言えることは、「自分との対話」を常時欠かさないことである。経験を積む、特に成功体験を重ねてきた人が陥る最大のリスクがその世界観の固定化である。成功体験も一旦はご破算にしないと様々な事象を凝り固まった経験のフレームワークの中にはめ込もうとする。これに傲慢さが加われば今起こっている事象の本質を全く取り違えてしまう。 「強かさ」に変身を遂げているリーダーは、“自分の心をゼロにする”何らかの“儀式”を使って自分との対話を毎日工夫している。 ふたつ目は、その強かな精神性を支えるため「生」と「死」という2つのエンジンを稼働させパワーを得るということである。 人間は生まれてから中年層までは「生」というエンジンからのパワーで躍動する。ところが中年以降になると、自ずと「生」のエンジン・パワーは低下して行く。鍵はその低下した分をどこから補うかである。自分との対話の中で「死」と向き合い“覚悟する”。これが精神的エネルギーを補給する。所謂、ハイブリッド・エンジンである。 「死」をもレバレッジする「強かさ」である。日本にはこの伝統がある。武士道の要諦を説いた「葉隠」の“武士道と云うは死ぬ事と見つけたり”という有名な一節がある。“死を見つめて、今を必死に生きる”この発想が中高年に求められてくる。...
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田中愼一が登壇したパネルディスカッション「人を動かすリーダーに必要なもの」のビデオが公開されました
February 13, 2018
昨年11月3日に開催されたG1経営者会議の第3部分科会Dにて「人を動かすリーダーに必要なもの」に田中愼一が参加しました。 複雑化が加速し、不確実性が高まる現代において、リーダーに必要不可欠なものとは何か。下記より是非ご覧ください。 モデレーター 漆 紫穂子学校法人品川女子学院 理事長 中等部校長 日色 保 ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 代表取締役社長 松山 大耕 臨済宗 大本山妙心寺 退蔵院 副住職 田中 愼一 フライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社 代表取締役社長 人を動かすリーダーに必要なもの~日色保×松山大耕×漆紫穂子×田中愼一...
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コミュニケーションを極めて行くと「強かさ」の本質が見えてくる:戦略コミュニケーションの視座から考える
December 5, 2017
コミュニケーションを極めて行くと「強かさ」に行き着く。戦略コミュニケーションの発想とは「強かに」生きるための発想である。人間は基本的に3つのことしかできない。「感じる」、「発想する」、「身体を動かす」。“言葉を語る”のも行動である。その行動の一つひとつが周りを動かし、世の中に影響する。結果、自分の人生も動いていく。 戦略コミュニケーションの発想では、この人間の3つの働きを「受信・戦略・発信」と言い換える。つまり、人間活動とはコミュニケーションそのものとなる。そして、コミュニケーションの巧拙が人間活動の「強かさ」を左右する。コミュニケーションは神様が人間に授けた強かに生き抜くための生存力と言っても過言ではない。しかも、コミュニケーションを強かさのパワーとして発揮するための潜在的資質は誰もが持っている。要はそれらをどう覚醒させていくかが勝負である。 ところが、世の中を見ると、強かに生きている人もいれば、そうでない人など千差万別である。この差はどこから来るのか? それは、ズバリ「受信」のところで勝負が決する。つまり、何を感覚するかで、何を発想するかが出てくる。何を発想するかでどう行動するかが決まる。重要なのは眼の前で起こっている事象・事態をどう感覚するか、そこで独自の世界観を持てるかどうかが出発点となる。それによって独自の発想が生まれ、最終的には行動としての「強かさ」を紡ぎ出す。自分の感覚を磨き鍛えることが人生を面白くする。 そこで、強かな“感覚”をどう鍛えるかについてひとつの工夫を紹介したい。 心を“ゼロ”にする コミュニケーションの要諦は相手を知ることである。完全に相手の身になって発想することができれば相手を動かすことは容易になる。 ところが相手を知ることを一番邪魔する最大の敵は自分である。 自分の好き嫌い、偏見、思い込み、利害などの“煩悩”が邪魔して、相手を知ることを阻む。実績をあげて成功すればするほど自分の我儘度合に拍車がかり相手を素直に受け入れられなくなる。自分の“心”ほど自由にならないものはない。 思い込みは、ある意味ブレないリーダーに取っては重要な資質でもあるが、一方で相手を知る上での障壁ともなる。ここをどうバランスをとるかが肝要になる。そのために自分の心をマネージすることが大切になってくる。相手との対話の前に先ずは自分との対話が重要になる。 それには心を“ゼロ”にする工夫を考えることである。すると相手が見えてくる。「見える」というより「観える」。相手の背後にある見えない風景が鮮やかに観えてくる。そもそも“空気を読む”とは見えないものを見抜くことである。相手がどのような視点や発想をもっているのか。どのような世界観を抱いているのか。どのような相手から影響されているのか。どのような課題を抱え込んでいるのか。それにどう対応しようとしているのか。などなどがジワジワと見えてくる。 概して、優れたリーダーは自分との対話のために必ず何らかの“儀式”を持っている。独自の儀式によって心を“ゼロ”にする工夫をしている。 石川播磨重工、東芝を再生、経団連会長になった“メザシの土光さん”の異名を持つ土光敏夫氏などは早朝お経を唱え、メザシの朝食を摂る。 これが土光流の儀式である。早朝ランニング、呼吸法、ストレッチ、茶道など身体を動かす儀式などは良く聞く話である。 ある業界大手のトップは「スケジュールを書かない手帳」をひとつの儀式にしている。手帳に気づいたこと、新たな発想や経験、感動したことなどを毎日こまめに書き綴って行く。1年経つと新たな手帳を購入、今度は古い手帳の1年前の日付の内容を新しい手帳に書き移す。もちろん、取捨選択をしながら書き移し、新たな発想や考えは書き加える。これは1年前の自分との対話である。 もうひとつ面白い例を挙げる。2005年、俗に言う「郵政選挙」に財務省を辞めて立候補するも落選、2009年の政権交代選挙に当選するまでの4年間地元行脚をした政治家の話である。先輩議員から「お前は人を見定めるきらいがある」と忠告される。財務省での仕事柄、人と会うと自動的に相手を見定めてしまう。これが非言語で相手に伝わり印象を悪くする。そこで考え出したのが「ラブラブ光線」である。 応援者の方々に挨拶行脚する際にこのラブラブ光線を放射するのである。相手がドアを開けた瞬間に放射する。どんな人が出てこようが「I LOVE YOU」と心に言い聞かせ放射する。これはなかなかの難業である。しかし、彼は6ヶ月でこの「ラブラブ光線」を完成させる。 心の底から思い込むと不思議なもので非言語を通じて相手に伝わる。人間は初めの10秒で初対面の相手の印象を決めてしまう。最初の10秒で相手に好印象を残すことが重要である。 「世界は我々が見ているものであるが、しかし同時に“我々は世界の見方を学ばなければならない”」 「ヘーゲル以降」を生きる哲学者として異名をもつM.メルロ・ポンティの言葉である。 欧米化、グローバリゼーションの風潮の中で、世界に勝つための方法論だけでなく、世界観までも借り物になっている日本のリーダーが目立つ。一見、聞こえの良い世界観を唱えるが、中身はグローバルから借りてきた横文字の言葉で羅列されているだけである。 方法論は客観的に判断、取捨選択をすれば良いが、それらを使い何を実現するのか、それによって何が変わるのかという自分の世界観は借り物ではダメである。強かさの本質は先ずは自分の目の前で起こっていることをどう見るかである。そこが借り物では全てが崩れる。感覚を磨く。事態を直覚する。知識の呪縛を排除する。自分の心をゼロにする。ここに強かさを発揮する真理がある。...
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「強かな」立ち位置とは何か? 戦略コミュニケーションの視座から考える
October 31, 2017
グローバリゼーションという異種格闘技戦が国内外で本格化する中でリーダーも企業も「強かな」立ち位置をつくることが生き抜くための鍵を握る。そこで重要なことは強かな立ち位置をつくれるだけのしっかりとした“根っ子”があるかどうかである。根っ子のない立ち位置などはこのグローバル化という旋風に晒されれば、どんなに規模が大きく、有名で実績があったとしても「あっ」という間に吹き飛ばされてしまう。 “根っ子”とは、そのリーダーや企業が持っている独特な感覚・発想・表現である。強かな立ち位置を持っているリーダーや企業には、必ずこの独自な“根っ子”がある。 戦略コミュニケーションの視座から言い換えると受信・戦略・発信である。所詮、人間も企業もその生存活動を煎じ詰めれば、この3つの機能に絞り込める。 先ず、どう今の世界を感覚(受信)するか、それに対してどう発想(戦略)するか、その発想したことを実現するためにどう表現(発信)するか。この3つの機能を独自性を活かしどのように設計し、そのプロセスを確実に仕切るかがリーダーにとっても、企業にとっても強かな立ち位置をつくるための必要不可欠な“資質”である。 日本のリーダーや企業はこれから国内外でその立ち位置の「強かさ」がますます問われてくる。その“根っ子”は借り物では用をなさない。日本特有の価値観の中で培ってきた独自の“持ち味”から「感覚する」「発想する」「表現する」ことがどうしても必要になってくる。日本のリーダーや企業が世界に伍して行くには、その“持ち味”を遺憾なく発揮できるところで勝負するしかない。 そもそも「強かさ」(したたかさ)とは何か?同じ漢字でも「強さ」(つよさ)とはそのニュアンスが違う。英語には「強かさ」に匹敵する表現が見つからない。StrongやPowerful ではどうもしっくりこない。これらの用語はその力の行使が直接的、直線型であるのに対して「強かさ」はより間接的、曲線型であるイメージを持つ。 あえて言えばResilience(弾力性がある)とFlexible(柔軟性がある)の要素を加えると近似的になる。「強かさ」には狡賢い、正直でなない、一筋縄ではいかないなどのネガティブな要素とプロセスはどうであれやり遂げる、めげない、てごわい、最後は勝つといった積極的な側面があり、これらの要素が渾然一体となっている。 「強かさ」とは欧米流の考え方では完全には捉えにくいニュアンスを持っているのかもしれない。何れにせよ、「強かさ」の本質をしっかりとおさえ、自らの“根っ子”の部分を見極めることである。強かに感覚するとは何か、強かに発想するとは何か、強かに表現するとは何か。 絶えず自問自答する。その中から「強かさ」を体得する道筋が見えてくる。 「強かさ」と問われると、何時も思い出す語句がある。 禅の言葉である。 それは「融通無碍自由自在、随所に主となれば立処皆真なり」である。 どんな場合でも、どんな状況でも、どんな時でも、誰に対しても、何事にもとらわれず柔軟に主導性を発揮するという意味である。 仏教に影響を与えた紀元前4世紀の中国の古典「老子」がある。その中でこの禅の言葉の本質を「究極の強かさの象徴は“水”なり」と表現している。 老子は水の「強かさ」を3つの特徴でまとめる。 ① 水はどんな容器にも自らの形を合わせる。究極のフレキシビリテーを発揮する。 ② 水はいざという時は大きな岩をも削り取る力を創出する。 ③ 水は周りにとって無くてはならない存在であるのに自己主張はしない、威張らない。 ある意味で、そこには東洋的な視座からの「強かさ」の本質が示されている。 誰に対しても、どのタイミングでも、どの環境でも融通無碍自由自在に期待に応える。 しかし、周りの言いなりになっている訳ではない。いざという時には大きなインパクトを与える力を発揮する。 結果として、「無くてはならない存在」になる。でも自分は偉いぞと主張せず威張らない。 今後、企業のグローバル生存を賭けた立ち位置の戦いが始まる。日本のビジネスリーダーや企業は日本人特有の感度、感覚、発想をベースにその立ち位置を作り込むことが求められてくる。欧米流とは違った独自の強かさを発揮できる立ち位置で勝負することが至上命題になる。...
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グローバリゼーションの本質は“想定外”、“掟破り”、“場外乱闘”
August 27, 2017
有事365日の時代のビジネス戦争に勝つためにはコミュニケーションを経営戦力とする発想が求められる “グローバリゼーション”という世界規模のビジネス大戦争が始まっている。2020年は日本企業がグローバリゼーションの戦いに本格参戦する象徴の年という認識が定着しつつある。従来の中期計画の枠を越えてプラン2020を持つ企業が増えているのもそれが背景にある。2020年はオリンピック以上に日本のビジネスにとって意味深い年となる。それまでにどれだけ、グローバル大競争への備えを準備できるかがポスト2020年の日本企業のグローバリゼーションの命運を握る。 その波動の中で多くの日本企業が従来のビジネスモデルでは戦えないという自覚が出てきている。 従来の事業モデルが生み出すバリューで本当に世界で戦えるのか? 国内外を問わず今の社内意識で世界と互角に伍せるのか? 築き上げてきたブランドのままで新たな顧客層を取り込めるのか?持続可能な社会に対する地球規模での関心が高まる中で従来のCSR活動のあり方はどう変えればいいのか?グローバリゼーションが本格化する中でグローバル企業としての立ち位置をどうつくっていくのか? これらの課題を解決する処方箋を2020年までには目処を立てることが日本企業に求められている。 一方、企業間“競争”の次元も変わってきた。“場外乱闘”という事態が始まっている。従来のように「市場」というリングの上で、廉価で良質の商品・サービスを提供、マーケットシェアを高めるだけでは市場で勝てない事態になっている。市場というリングの外で競争相手を引きずり落とす掟破りなやり方が横行している。企業間同士の訴訟戦争がグローバル規模で拡大する。当局や世論を動かして競争相手を不利な競争条件下に置く。投資家や株主を囲い込み、敵対的M&Aや委任状争奪戦を仕掛ける。 既存のビジネス市場に無料でサービスを提供、圧倒的シェアを確保、別のビジネスで稼ぐ。社会主義国がグローバル化の主戦場になる中で企業間競争の中に国が乱入してくる。戦略的に競争相手の営業秘密や人材を盗む。 正にビジネスにおける戦い方のパラダイムシフトが起こっている。 多くの日本企業はこの掟破りな攻撃に対して戸惑う。何故なら、この状況を仕切る、あるいは逆に仕掛けるアドバイザーやコンサルタントが日本では圧倒的に欠如しているからである。従来のような正攻法的なビジネス競争を前提としているコンサルティングでは太刀打ちできない状況になっている。 加えて、経営を取り巻く環境が「鬼は外、福は内」から「鬼は外、鬼は内」へと変貌している。鬼は社外だけでなく、社内にも潜んでいる。終身雇用の終焉、多様なキャリア志向への傾向などが社員の帰属意識を希薄化している。 良し悪しはともかく内部告発は日常化している。グローバル展開が進むに従い社員の日本人比率が急低下、組織全体の求心力が弱まってくる。逆に、日本人社員の意識がグローバル化を進める上で最大の障壁となる。グローバル戦略の一環で海外の企業を買うもカルチャーの軋轢、現地経営陣との対立などで失敗する。社内に話したことが社外にダダ漏れでレピュテーション毀損が起こる。購入していた部品が突然リコールでクライシスに引きずり込まれるなどサプライチェーンがやばい。 正に“内輪の世界”の激変が起こっている。経営において長年培ってきた社員やサプライヤーとの信頼関係はもはや十分条件ではない。また、「社内のことは社内が一番知っている、社内のことは社内でやる」という自前主義が企業を崩壊させる時代になってきている。この発想の転換は否が応でもでも日本経営は迫られてくる。 グローバリゼーションを機にビジネスの世界は有事365日の時代に入った。24時間大小様々なクライシスが起こっている。それらを事前に察知しながら手を打っていく、未然に摘み取っていく有事対応への意識と体制が必要となる。製造業で戦後最大の破産の元凶となったタカタのエアバッグリコール問題は米国で公聴会が開かれるなど2014年に公に騒がられるようになったが、2000年代の初めにはすでに問題の兆候があり、そこで手を打っていれば今回のような事態を回避できた可能性はある。最早、企業は平時の経営から有事の経営に意識を切り替えることがグローバリゼーションの大競争時代を生き抜くための必須条件になってきている。 この有事経営の最大の武器がコミュニケーションである。コミュニケーションを有事対応の“盾”とする。コミュニケーションを戦略実行の“矛”とする発想を持つことが必須である。コミュニケーションを“力”として認識する。そもそも、コミュニケーションとは神様が人間に与えた生き抜くための力である。企業も意識するかしないかにかかわらず、その力の恩恵にあずかっている。ただ、それを力と意識して使うことがコミュニケーションを経営戦力にする。コミュニケーションの経営戦力化なくしては日本企業のグローバリゼーションは覚束ない。...
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戦略コミュニケーションの発想から見るリーダーシップ論とは
February 14, 2017
リーダーシップの本質は意識との戦いだ。それを発揮するには“武器”が必要だ 武蔵と小次郎、巌流島の戦い。上段の構えから木刀を振り下ろす武蔵、それを八相の構えで長刀で迎え撃つ小次郎。 これが自分がリーダーシップ研修をする際の表紙の図柄である。 グローバル化が急速に“侵攻”する中でリーダーシップを求める声がビジネスの世界で再び連呼され始めている。リーダーシップについての議論は今に始まったことではない。この20年、百家争鳴、様々なリーダー論が世の中を賑わした。しかしながら、どうも腹落ちするものが少なく、消化不良気味なものが多い、「べき論」はあるが「実践論」が弱い感が否めない。 この20年、リーダーシップ研修をトップから中堅、若手まで様々な業界で幅広く実施してきた。その中で戦略コミュニケーション®の発想から見たリーダーシップ論はかなりイケると実感している。 武蔵と小次郎の対決をリーダーシップ研修の冒頭に出す意図は、リーダーシップの本質は意識との戦いだ。それを発揮するには“武器”が必要だ。敵をしっかりと倒す手法が不可欠だ。その武器を磨く日々の修練が大事だという視座を知ってもらうためである。 更には、リーダーシップの武器論というよりも“武器”そのものをどう作っていくかに議論のフォーカスを当てることを狙いとしている。 リーダーには人の意識を変え、それを動かす力学が必要だ そもそもリーダーシップとは何かと聞くと、ビジョン・志・思いなどを持っているという要素説。人間的魅力、尊敬される、公正・公平に思われるなどの性善説。導く、引っ張るなどの君子説などが多く出てくる。試しに、トランプ米国大統領はリーダーかと尋ねると「リーダーではない煽動者」という答えが案外に多い。煽動者と先導者をはっきりと分ける思考である。Leadership vs Dictatorshipである。 リーダーか煽動者かどうか、その定義論はともかくとして、実践的なリーダーシップ論を展開するのであれば、リーダーの使命は「事を起こす」ことであると認識した方が有効である。その起こした事をどう評価するかは別次元の話である。 人の世である限り、自分以外の人間を動かさない限り何事も起こらないのが世の常である。リーダーシップとは人を動かしてナンボの世界なのである。 人を動かす際に立ちはだかる最大の敵は相手の意識である。人の意識の壁を粉砕する武器がコミュニケーションである。 人を動かす方法は他にもある。相手に有無を言わせず動かす“武力”。人間の物欲に訴える財力も然り。法的、組織的なルールなどを決め事として強制する権力は日常的に行使されている。しかしながら、これらの力はそれを行使する際に“反作用”を生み出すという難がある。武力を使えばやり返される。財力は金の切れ目が縁の切れ目。権力は不満や嫉みを買う。この反作用が厄介なのである。 コミュニケーションの力は基本相手の意識に働きかけ納得・共感を得て動いてもらう。よって反作用が少なく、コストパフォーマンスが高い。有史以来、人間が人を動かすために最も使ってきた力なのである。 戦略コミュニケーション®という発想をもつ。人を動かす最強の武器になる コミュニケーションを理解し合う、意思疎通をはかる、思いを伝える、相手の思いをわかるなど事象面での認識は意味がない。 「人を動かす力」であると意識することが肝要である。1人では生きていけないのが社会動物“人間”の性である。自分以外の人間に動いてもらわないと生きていけない。コミュニケーションとは神様が人に与えた生き抜くための力である。 日頃から空気のような存在であるため、コミュニケーションを力学として意識する事に慣れていない。折角与えられた力を十二分に発揮できないのである。これは非常にもったいない話である。コミュニケーションを力だと意識するだけでリーダーにとって最強の武器を手に入れることができる。 戦略コミュニケーション®とは造語である。戦略とコミュニケーションは表裏一体であるとする発想である。どんなに戦略が良くても、それを実現するために様々なステークホルダーが動いてくれないと実現しない。人を動かすコミュニケーション戦略がなければどんなに立派な戦略も絵に描いた餅である。コミュニケーション無くして戦略無しである。戦略もコミュニケーションもコインの裏表である。これからの戦略づくりは戦略ができてから、コミュニケーションをするのでは変化のスピードに遅れる。動かすステークホルダーの視点を予め抑えながらコミュニケーションの視座から戦略を作り込む時代へと大きく変わる。 個人の世界も同じである。自分の思いや夢を実現させ、人生を生き抜くために自分のコミュニケーション力学を磨きあげることが不可欠である。 戦略のコミュニケーションを持つ。企業も個人も人を動かす最強の武器を手にすることが求められてきている。...
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戦略コミュニケーションの奥義、“自分との対話を制する”(後編)
December 2, 2016
夏目漱石の「草枕」の冒頭の文章が示唆に富む 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」 智に働く、情に棹さす、意地を通す、すべて自分である。ここを抑えれば、とかくに人の世は住み易くなるのである。 リーダーは“儀式”で心の呪縛を粉砕する 人間は思い込みの動物である。思い込みがないと人生生きていけない。重要なのは“適切な”思い込みを持つことである。 仏教では思い込みを妄想×煩悩と言う。何を妄想×煩悩するかによって心の呪縛が生まれることを説く。よって妄想や煩悩をコントロールすることで心の呪縛を解くことができる道理である。自分との対話力を培い妄想×煩悩を飼いならすことが仏教の考え方である。ただ、妄想×煩悩とは猛獣のようなもので、下手するとこちらが喰われてしまう。如何に飼いならすかは至難の技と考えた方が良い。 甘く見ないことである。多くのリーダー達が自分の中にある“猛獣”を躾けるため必死に創意工夫を凝らし“自分との対話”を実践している。いわゆる“儀式”を持っている。自分との対話の“ルーティーン”である。 その内容は様々である。ジョギングをする、ジムで筋トレをやる、夜中に密かにヨガに入る、早朝にお経を唱える、茶道を嗜むなど多様である。ある70代半ばのビジネスリーダーに言われたことがある。50代では1日1時間、60代では2時間、70代では3時間、自分との対話の儀式に時間を使へと。本人は早朝5時に起床、10キロ近く走り、そのあと呼吸法を実践している。車の運転もそのルーティーンの1つでトータル1日3時間はこなしている。 成功体験の年輪を重ねると傲慢になってくるのは人の性のようだ。自分との対話を通じて、この傲慢さと向き合い自らを律することが成功を重ねるとリーダーにはますます必要になってくる。 石川島播磨重工や東芝を再生させ、政界、財界にも睨みを効かせた土光敏夫元経団連会長などは“メザシの土光さん”と愛称がつくほど生活が質素であっただけでなく、毎朝4時に起床、長時間お経を唱えることを日課としていた。これなどは、まさに自分と向き合うためのルーティーンである。 元寇の乱で元軍に勝利した北条時宗が師と仰いだ無学祖元という禅僧が時宗に禅を説いた。 「坐禅堂で型の如く坐禅をするだけが坐禅ではない。いつ、どこでも、自己の身体と口と意(こころ)を整頓することが坐禅である。」 そして、5か条の自己整頓の心得を伝える。 ① 外の物ごとに心を奪われず、泰然として自己の信ずる道を守って動くな。 ② 外の物ごと貪着(むさぼりこだわる)するな。一方に貪着すると、必ず他の一方の注意を欠く。油断や恐怖はこんなときに起こる。 ③ 自己の才知を頼んで、あれこれ策を樹てるな。常時も非常時も平然として、その心を一にしておれば、どんな異変に遭遇しても、霊妙なる作略が生まれるものだ。 ④ 心の見る物量を拡大せよ。心の視界が狭小だと、胆量もまた自然に小量になるから、心で思うことを拡大せよ。 ⑤ 勇気を持て。勇猛の心意気はよく白刃をも踏む。反対に柔懦(いくじのない)の身体では、窓の隙間風にも耐えられまい。故に常に心身を鍛えよ。 日々の自分との対話のガイドラインとして多くの示唆を与えてくれる。...
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戦略コミュニケーションの奥義、“自分との対話を制する”(前編)
November 28, 2016
自分との対話に勝って自分を動かす コミュニケーションは人を動かす力である。 ところが、最も動かすことが難しい相手は自分である。 自分ほど思い通りにならないものはない。 人生、日々自分との葛藤とも言える。この葛藤をどう乗り切るか、自分との対話をどう制するかが、実はコミュニケーション力を飛躍させる鍵を握る。 コミュニケーションと言うと相手との対話を先に思い浮かべるが、先ずは自分との対話である。結果、自分を動かす、相手も動く。これが戦略コミュニケーションの基本発想である。 自分との対話が十分できていない人は自分も動かせなければ相手も動かすことができない。 日頃から“自問自答”の癖を身につけ自分との対話力を鍛えることがコミュニケーションのチカラを次のレベルに飛躍させる。 自分の思い込みが「相手を知る」ことを拒む コミュニケーションはすべて“相手を知る”ところから始まる。相手を知らないと間違ったメッセージを伝えてしまう。逆に相手を十分知っていれば的確なメッセージを打ち込むことができ、相手との対話をリードできる。ところが、厄介なことに、相手を知る上で最大の敵が“自分の思い込み”なのである。 “相手を知る”とは、相手の“受け皿”を知ることである。こちらが話したことがどのように受け取られるかは相手の受け皿次第である。 こちらが発信したと思っているメッセージはメッセージではない。単なる情報発信である。その情報が相手の受け皿に届いた瞬間にメッセージになる。相手の受け皿次第で伝わるメッセージが変わる。 Aと言ってもBやCなどと伝わってしまう。受け皿を把握していないと相手に何が伝わるかわからない。結果、間違ったメッセージが伝わり、想定外の相手の反応を招き、対話の主導権を奪われる。 そこで相手の受け皿とは何かと考えると、相手の物事への認識とそこから生まれる感情の起伏である。ここを先ずおさえないと相手に何を発信していいのかわからない。 ところが、逆に自分の物事への思い込みとそこから生まれる感情の起伏が相手を知ることを邪魔する。相手を“素直に”受け入れられない。相手の言っていることを勝手に解釈する。嫌いなタイプの人は色眼鏡で見る。また逆に好きなタイプだと過剰評価する。怒りで興奮している時は相手の言うことがいちいち突っかかってくる。突き詰めると実はその原因は自分にあることが多い。 自分との対話とは、先ず、この凝り固まった“自分”を一旦、「無」にする作業とも言える。相手の受け皿を受け入れる度量を自分の中に仕掛けることである。自分の思い込みや感情に呪縛されない力を身につけることである。まさに自分との日々の対話がこの度量と力を育てる。 心の動きが自分の働きを呪縛する 日常は自問自答の日々である。一念発起、早朝5時に起床と決めても実際に目覚ましが鳴ると起きるか起きないかの葛藤が始まる。「あと30分、いや1時間寝よう。いやいや、ここは起きなければ」あたかも自分の中にもう一人の自分がいて、起きるか起きないかの自問自答を展開する。 自分の心ほど自由にならないものはない。厄介なのは心の自由気ままな動きが自分の働きを呪縛する。落ち込んでいると仕事で本来持っている力の発揮が削がれる。動揺しているとプレゼンテーションが上手くいかない。怒りや嫌悪感が商談や交渉をダメにする。意地を張ると人間関係を悪くする。 心の呪縛とは、 ① 心が奪われる。 ② 心が執着する。 ③ 心が動揺する。 ④ 心が狭くなる。 ⑤ 心が萎える。 である。 心の呪縛から自分の“働き”を守るには自分との対話力を鍛えるしかない。 言い方を変えると、自分の心の動きをコントロールすることである。ところが自分のものであっても自由にならないのが心である。目の前の事象によって心は一喜一憂、絶えず揺れ動く。憂いたり、怒ったり、悲しんだり、喜んだり、驚いたり、その定るところを知らない。この心の呪縛が相手を知ることを妨げるだけでなく、こちらの“働き”にも影響し、相手との柔軟な対話を損なう。...
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田中愼一が登壇したパネルディスカッション「世界で活躍するリーダーになるための危機管理術」のビデオが公開されました
August 31, 2016
7月2日~3日にかけて浜松で開催されたあすか会議の第6部分科会「世界で活躍するリーダーになるための危機管理術」に田中愼一がパネリストとして参加しました。 世界のボーダレス化が加速し、グローバルを舞台にしたビジネス展開はもはや当たり前になった現在、リーダー・企業に必要不可欠なものとは何か。是非ご覧ください。 モデレーター 安渕 聖司 日本GE合同会社 代表職務執行者社長 兼 CEO 島田 久仁彦 株式会社KS International Strategies 代表取締役社長 田村 耕太郎 ミルケンインスティテュート シニアフェロー 田中 愼一 フライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社 代表取締役社長 世界で活躍するリーダーになるための危機管理術...